通り雨(神奈川県横浜市) | コワイハナシ47

通り雨(神奈川県横浜市)

コウタさんはバイク仲間とともに、横浜郊外をツーリングしていた。

友人四人でバイク二台、それぞれ二人乗りといういつものスタイルだ。

午後二時頃、彼らは旭区の今川公園で休憩をしていた。秋晴れの爽やかな陽気を堪能した後、さて次の場所へ向かおうとする。

コウタさんは友人のバイクの後ろに乗り、もう一台が後を追いかける形で走り出した。

公園を出てすぐ、まっすぐな道からトンネルにさしかかろうとした時。

ガシャーン!

コウタさんの後方から、ものすごい音が轟いた。

友人がバイクを停車し確認すると、後続のバイクが転倒している。急いで近づいてみたが、幸い二人とも軽傷な様子。

「なんでこんなとこでコケんだよ!ダセェなあー!」

大事に至らなかった安心から、コウタさんが笑い飛ばす。

道路にへたりこんでいる二人も苦笑いだ。

「通り雨なんかたまんねえよなぁ!」

「雨ですべっちまったよ!」

大声で悪態つく彼らを、コウタさんと友人は呆然と見つめた。

……なに言ってんだ、こいつら?

打った部分が痛むのだろう、体をさすりはじめたところで当の二人も、

「え……え?」

「あれ、え、あれっ?」

混乱しながら、地面やバイクを確認し出した。

空は快晴で雲一つない。すぐ前を走っていたコウタさん側の二人は、いっさい雨など感じていない。

もちろん、転倒した二人の服、バイク、地面にも水滴一つついていなかった。

友人たちによれば、今川公園・事故現場のトンネルは、ともに地元で「心霊スポット」とされる場所なのだという。

ただしインターネットを調べる限り、そのような情報がいっさい出てこないため、地元民のみで限定的にささやかれている噂なのだろう。

具体的になにがあるから「心霊スポット」とされているのか、コウタさんも私もまったくわからない。

これとはいっさい関係ない人から、次のような話も聞いた。

ミエさんが、当時付き合っていた彼氏とドライブデートしていた時のこと。

鹿児島県霧島市の観光地「御池」を訪れてみようと、彼を誘ってみた。

ここは火口湖として日本一の深さを誇り、水深は百メートル近く。そのため終戦直後には戦車や武器が沈められたと言い伝えられ、実際、近年にかけて二百個以上もの手りゅう弾が水底から回収されている。そんな底なし池だからか、毎年、自殺者が絶えない。しかも、死体がほとんど浮かび上がらず発見できないのだとか。

それら噂を聞いていた彼氏は、ずっと訪問を渋っていた。しかし「昼間だし、見るだけだから」とミエさんが強く誘い、どうにか納得させた。今考えれば、なぜ自分があそこまで御池に行きたかったのかも不思議である。

五月の晴天が広がり、暑いぐらいの日だった。

湖上には何組かの家族やカップルがボートに乗り、幸せそうに楽しんでいる。

ちょっとの見学だけと話していた二人は、周辺のボート小屋や屋台を横目に散策していたのだが。

そこでミエさんの記憶は途切れている。

ここからは、後で彼氏から教えてもらった情報だ。

池の周りを歩いていたところ、いきなりミエさんが立ち止まり、機械のような声と口調で、こう言ったそうだ。

「ねぇ、ボート乗ろうよ」

いやいや、すぐ帰るって言ったでしょ。彼氏がいくら断っても、ミエさんは耳を貸さず、無機質に同じ言葉を繰り返すばかり。

……ネェボートノロウヨ、ネェボートノロウヨ、ネェボートノロウヨ……

いったい何事かと彼氏が焦り出したとたん、視界が一気に閉ざされた。

いきなりの豪雨。前触れもなにもなく、巨大プールをひっくり返したような大量の雨が、ゴウゴウとぶちまけられた。もはや数歩先の距離すら見えないほどだ。

彼氏はとっさに、シルエットだけが浮かぶミエさんの方へと手を差し出した。

しかしミエさんはいっさい慌てる様子もなく、

「ボートに乗らなければいけない」

ぼそりと放たれた呟きを聞いて、ゾッとした。先ほどと同じく言い方は機械的なのだが、声色がまったく違う。明らかに、中年以上の男の声になっている。

「おい、しっかりしろ!なに言ってんだよ!」

慌ててその手を引き寄せようとしたが、ミエさんはびくともしない。華奢な彼女が仁王立ちしているのを、男の全力でもまったく動かせないのだ。

「ボートに乗らなければいけない。邪魔するな」

〝男〟が呟く。平坦な口調の奥に、異様な凄みがひそんでいる。

彼氏が悪戦苦闘を続けるうち、雨脚が少しずつ緩んできた。視界も徐々に開けていく。するとそれに合わせるかのように、ミエさんからふっと力が抜けるのを感じた。

渾身の勢いで全身をひっぱる。ととっ、とミエさんの足がもつれた。そのまま彼女をひきずり、なんとか近くに停めた車に投げこんだ。

そして車を急発進させ、大急ぎで御池を立ち去ったのだという。

御池を離れて二分後には、また突然、元のような快晴に戻ったらしい。

ミエさんが正気を取り戻したのは、かなりの距離を走行した後のことだった。

「あの時、無理を聞いてボートに乗ってたら、たいへんなことになってただろうな」

そう怒られても、なんら覚えのないミエさんはうなずくしかない。

また彼によれば、雨脚が弱まった時に見えた湖上には、いっさいボートが浮かんでいなかったという。確かにその直前には、五、六艇の舟と、それに乗る人々がいたはずなのに。

あの豪雨で全て沈んでしまったのか?いや、そんな大事故ならニュースになっているはずだが、少しも騒ぎを聞き及んでいない。

いったい湖には、なにが浮かんでいたというのか。

通り雨は異界との狭間に降るのだろうか。いやそもそも、これら二話の登場人物が浴びたものが本当に「雨」だったのかどうかすらも、定かではない。

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