廃病院のカルテ(徳島県) | コワイハナシ47

廃病院のカルテ(徳島県)

これもまた、都市伝説のルーツめいた報告になるだろう。

昔から有名な怪談に、「廃病院のカルテ」とでも呼ぶべき話がある。

若者たちが廃墟の病院へと肝試しに訪れる。そこでふざけた一人が、放置されたままになっているカルテを持ち帰ってしまう。その場ではなにも起こらないのだが、帰宅した彼のもとに一本の電話がかかってくる。通話口から響いてきたのは、女のか細い声。

……あなたがもっていったカルテを、いますぐ、かえしてください。

この後の展開は幾つかの派生がある。慌ててカルテを返してきたので助かった、または再訪した病院にてあまりに怖ろしいものを見て発狂した、もしくはカルテに書いてあった通りの病気にかかってしまった、などなど……。

あまりにもメジャーすぎる噂話のため、実話怪談マニアなら冒頭部分だけで一笑に付すだろう。私だって「廃病院」「カルテ」のキーワードが出た時点で聞く気を失ってしまう。

ただ最近、興味深い事例を一つ聞き及んだ。

間接的な体験談のため、どこかで情報の齟齬が起きている可能性もある。ただ、その後の都市伝説とはまた違うディテールがそこかしこにあり、「本当にあった話」もしくは「ルーツとなった話」ではないかと思わせるリアリティも感じてしまうのだ。

いずれにせよ、ここで紹介する価値はあると、私個人は判断した。

「廃病院のカルテ」は、おそらく一九八〇年代初頭の四国で広まったのが最初と思われる。

その舞台となったのは、愛媛のK病院もしくは徳島のA病院。そしてA病院こそが当伝説の発祥元だとする説が、インターネット普及期のログを掘ってみると、ちらほら散見される。もちろんネットの書き込みを全面信用する訳ではないが、「A病院・元祖説」に関わる具体的かつ細かい情報が紹介されたりもしているので、参考程度には考えてよいだろう。

以下は、そのA病院にまつわる体験談。徳島出身の男性に教えてもらったものだ。

暴走族文化が最盛期を迎えていた、一九八〇年前後の頃である。

話をしてくれた男性の先輩は、ゾク仲間数人とで、当時すでに有名廃墟となっていたA病院への肝試しに向かった。

現在は建物すら跡形もなくなっているが、四十年近く前の当地は、まだ様々な備品や残留物が散乱していたらしい。机や棚、薬品、注射器、そしてカルテ。

その異様な雰囲気に圧倒された先輩たち。しかしそれぞれワルを気取っているため、弱みを見せる訳にはいかない。わざと大声で騒ぎたて、はしゃいだノリで探索していった。

「俺、これ持っていくわ!」

ふと気づけば、一枚のカルテをひらひら振っている奴までいる。仮にTとしておこう。度胸を見せつけようとしているようだが、これには皆も一歩引いてしまった。

「いや、それはあかんだろ……」

しかし皆が制止すればするほど、「こんなんただの紙じゃろがっ!」と、Tは調子に乗るばかり。

Tはそのままカルテを丸めて服の中にしまった。場の空気も一気に盛り下がり、もう出ようや、と彼らはA病院を後にした。

しかしその後、Tは仲間の前にめっきり顔を出さなくなってしまう。

皆がバイクを乗りつけるたまり場でも集会でも見かけなくなり、心配する声が上がった。実家に電話すれば様子がわかるだろうが、暴走族グループという手前、親に話を聞くのもはばかられた。

そうして一週間ほどが経つ。

なじみの場所で先輩たちがたむろしていると、久しぶりにTのバイクがやってきた。いつもはゾク仲間の誰もかぶらないヘルメット、それもフルフェイスのものを付けている。

そして皆の前でバイクを停め、メットを脱いだTの顔は、見るからにげっそり青ざめていた。

「お前どうしたん。病気でもしとんか?」

それがよう……Tはここ数日、自分の身に起きたことを語り出した。

A病院から帰ってきた、翌日の晩である。

Tは、自宅の部屋でごろごろと横になっていた。

どんどん……どんどんどん

すると玄関のドアを、乱暴にノックする音が聞こえてきたそうだ。

うるせえなあ……。両親はともに外出している。来客なのだろうが、起きて対応するのも面倒だ。Tはそのまま無視を決めこむことにした。

どんどんどんどん……

ノックはしばらく続いたが、あくまで居留守を装っているうちに、ピタリと止んだ。

ジリリリリリリ

それと入れ替わるように、今度は家の電話が鳴り出した。当時の黒電話のベルはかなりけたたましい。さすがに耳障りなので、やれやれと部屋を出て受話器を取る。

「もしもし」しかし通話口からは誰も答えない。「だれ?」ずっと無言の状態が続く。故障かと思って耳をそばだててみると、すう、すう、という息づかいだけが聞こえてくる。

「なんなん、あほが」わざと乱暴に受話器を叩きつけ、通話を切断した。すると次の瞬間。

どんどんどんどん。またノックの音が響く。

え……?

明らかに玄関からではない。自分が立っている廊下の向こう、居間の扉が内側から叩かれているのだ。玄関は鍵がかかっているし、留守にしている両親の他に家族はいない。

突然のことにパニックとなったTは、とっさに自室にかけこんだ。そして机や椅子をドアの前に置き、バリケードとする。

どんどんどん、どんどんどん

その途端、目の前のドアが叩かれた。あわてて布団をかぶり、そのまま部屋の隅へとはいずっていく。

やばい、これ、昨日のあのカルテ……。

布団の中の暗闇で、体をこわばらせる。また次のノックがするのか、もう帰ってくれるのか。聞きたくないのに、必死に耳をすませてしまう。

どんどんどんどん!

すぐ近くであの音がした。悲鳴をあげて布団から飛び出した。

「……なんないやそれ……押し入れが叩かれた、いうことか」

Tの話に聞き入り、グループの誰もがしんと静まり返っている。そんな中、先輩がボソリと質問を投げかけた。

「いや」と、Tは青白い顔を横に振った。

「目の前や。布団の中の、俺の目の前で、ドアを叩く音がしたんよ」

さらにそれから数日間、ことあるごとにノックの音が響くのだという。たとえ外だろうと、扉やそれに近いものがなかろうと、自分の近くで「どんどんどん」と。

「そんなん気のせいやろ、お前ん頭の中でつくっとる音なだけやって」

先輩たちは、そう諭すしかなかった。

「そうやな……」当人も、久しぶりに気晴らしすれば音が消えるかと思ったようだ。

「ほなけんお前らと一緒にバイク転がしに来た」とKは初めて笑顔を見せた。

おう、行くで行くで。仲間たちはバイクを走らせた。Kがメットをかぶったままでも、今回ばかりは誰も「ダサい」などと突っ込まない。危険走行もしない、軽いツーリングのようなつもりだった。

そこでKは死んだ。

なにもないまっすぐな一本道で、いきなり転倒したのだ。それほどひどい怪我を負ったようにも見えなかったが、病院に運ばれた時には息をひきとっていた。

現場検証に来たのは、彼らと顔なじみの警官だった。普段は取り締まる側だが、泣きじゃくる先輩たちには同情の顔を見せていた。

「お前らどうした……なんでこないなとこで事故ったんや」

後ろを走っていた仲間も、なぜKがコケたのか、まったくわからない。これはやはり、あの時の祟りなのかもしれない。そうだ、もしかしたら……。

Kが言っていた「どんどんどん」というノックの音。あれが、いきなりヘルメットの中で響いたのではないか?

問わず語りに、彼らはKと一緒にA病院を探索したこと、その後のKの体験談をまくしたてた。

すると警官は「ああ」と顔をしかめながら、

「しゃあない。そりゃ、しゃあないな」

しきりに〝しゃあない〟〝しゃあない〟と繰り返してきたのだという。

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