ラブホテルの鏡(福島県) | コワイハナシ47

ラブホテルの鏡(福島県)

福島県在住のコウジさんは、私のイベントにも足を運んでくれるような怪談好き。

その日も、友人たちと怪談話に花を咲かせていたという。

その中の一人が「とっておきの話」として披露したのが、地元の有名心霊スポットにまつわるエピソードだった。

現在は取り壊されているので名前を出してもよいだろう。「ガラスの森」という、最近まで南相馬にあったラブホテルの廃墟だ。

そこに肝試しにいった友人の「兄の先輩」は、廃墟内に置かれた鏡をふざけて持っていってしまった。

するとその帰り道、車がダンプカーに正面衝突され、死んでしまったというのだ。

ダンプ運転手の証言では、「兄の先輩」の車がフラフラ蛇行しつつ、自分の目の前に向かってきた。ぶつかる寸前、助手席に女が見えたが、事故後には消えてしまっていた、という。

オチまで聞いたところで、コウジさんはすっかり鼻白んでしまった。

(……いや、それ体験者が死んじゃってるじゃん。嘘の話だろ)

後日、インターネットで検索してみると、やはり似たような話が幾つかヒットした。ちなみに筆者も確認してみたところ、確かに「ガラスの森」については、鏡を持ち去ったものがダンプや車に轢かれる(または轢かれそうになる)といった噂話が、地元掲示板や心霊スポットサイトなどのネット上に流布しているようだった。

ただのよくある噂・都市伝説の類だと切り捨てたコウジさんは、すぐに友人の話を忘れてしまった。

それから二週間後。親戚の集まりで、本家に出向く用事があった。

途中から酒も入り、宴会のような雰囲気になる。親族でも若い世代が集まるテーブルに座ったコウジさんは、いつものごとく話の流れを怪談取材に持っていった。

そのうちに、従兄のお兄さんが、若い頃の体験談を語り出す。

従兄は昔、不良グループに属していた。夏になれば肝試しに行くのが、全国の不良少年の常識である。

「ガラスの森っつう、えらい有名な廃墟があったんだけどな」

ふうん、とコウジさんは先日の友人談を思い出した。こんな短期間に同じ名前を聞くなんて、確かに有名な心霊スポットなんだなあ。

「まあうちら期待して入ってったんだけども、いくらまわってみても、なあんも怖いこと起こらんのよ」

そこで不良少年たちは、なんとか場を盛り上げようと、罰ゲームを企画した。ジャンケンで負けたものが一人だけで廃墟に行き、なにかを持ち帰ってくるというアイデアだ。

そして負けたのは、従兄だった。

皆に囃されながら、一人ぼっちで建物内に潜入した従兄は、持って帰るのにちょうどいいものを物色する。

「なんか奥の方に、抱えられるくらいの大きさの鏡があったんで、それ拾ったのな」

……え、鏡?

半笑いで聴いていたコウジさんだったが、そこで思わず耳をそばだてる。

大盆ほどのサイズの、額付きの丸鏡だったらしい。それを両手で持ちつつ、従兄は廃墟を急々と出ていった。

ところが、である。入り口で待っているはずのメンバーたちの姿がない。周囲をぐるりと探してみても、辺りはしんと静まり返っているばかり。自分を驚かそうと企んでいるのかとも思ったが、そもそも彼らが乗ってきた車も見当たらない。

なんだよ、先に帰ったのか?そんな場所に一人きりで佇んでいるのも嫌なので、自分の車に乗り込み、ガラスの森を後にすることにした。とはいえ証拠として皆に見せつけるため、鏡は助手席に置いておく。

小道を抜けると、すぐにまっすぐな県道六十二号に出る。夏なので運転席と助手席の窓は開け放っており、夜風が吹き込んでくる。そのまま市街地に向かおうとしたところ、対向車線からダンプがやってくるのが見えた。なんの気なしにすれ違おうとした手前で、なぜか相手が思い切りクラクションを鳴らしてきた。

ああん、なんだよ?

いぶかしんでいるうち、ダンプはやはり激しくクラクションをたてつつ、不自然なブレーキをかけてくる。

思わず従兄もスピードをゆるめる。そこで向こうはハンドルを切り、こちらの車線に乗り入れ、通せんぼする形で停まってしまった。不審がりつつ、こちらも停車するしかない。

するとダンプの運転手が窓から身を乗り出し「あぶねえだろ!」と一喝してくるではないか。

「なに女にハンドルにぎらせてんだ!」

訳もわからずキョトンとしていると、運転手が降りてきて、こちらに向かって歩きながら、

「おめえ、グネグネ蛇行運転して危ねえなと思ってたら、横の女にハンドル操作させてんじゃねえぞ!」

などと怒ってくる。

「あ?なに言ってんだ?てめえ」

従兄も窓から顔を出して応戦する。運転手は自分のすぐ脇にきて「だからその女だよ!」と助手席を指さした。とたんにその顔が、あっけにとられた表情に変わる。

もちろん助手席には誰もいない。

「え?いや、女どこやった?」

なんのことかわからないと答えると、運転手は青ざめながら「と、とにかく気をつけろよ」と駆け足で戻っていった。

おいおい、なんだよこれ……。

夜道の向こうへ去っていくダンプの音を聞きつつ、従兄も車を発進させた。とにかく早く帰ろうとアクセルを踏む。

すると突然、ハンドルが固定されたように感じられた。

いや、ものすごい力で右に左にハンドルを切られてしまうのだ。

パニックになるうち、制御不能となった車が道路を飛び出す。

フロントガラスいっぱいに雑木林が迫ってくる。

一方その頃。

不良少年たちは、ガラスの森の入り口にて不安を募らせていた。いつまで経っても従兄が廃墟から出てこない。さっきから屋内に向かって大声で呼びかけているが、なんの返答もない。

不思議なことに、彼らは入り口から出てきた従兄を、従兄はそこで待っていたメンバーを、お互い認識できていなかった。それどころか、従兄はもう一台の車が消えていたことを確認している。自分が発車させた時のエンジン音だって、彼らが近くにいれば聞こえないはずがない。皆がありえないような感覚誤認を起こしていたのか、その場の時空がゆがんでいたのか。

ともかく、じりじりと待機していた彼らのうちの一人が、従兄の車がなくなっていることに気がついた。

「なんだよ、バックれたのかよ!」「でもいつの間に?」「なんで出てきたのがわかんなかったんだ?」

奇妙な状況に混乱していたその時、不審な轟音が響いた。少し遠くで、なにか大きな物体が衝突したような音だ。

慌ててそちらに向かった彼らは、雑木林につっこんだ従兄の車を発見した。フロント部分が一本の木にめりこむ形で停車しており、運転席の従兄は気を失っている。

「おい大丈夫か!」

彼らに頬を叩かれ、従兄は目を覚ました。車はオシャカになったが、彼自身は幸い軽傷ですんだ。

助手席の鏡はというと、衝突によって窓の外に飛んでいったのか、影も形もなくなっていた。しかしそれなら、割れた鏡面の一部くらいは残っているはずだが、細かな欠片すら見当たらなかったのだという。

コウジさんが聞かされた話を整理すると、以上のようなあらましとなる。

「都市伝説をつかまされたと思ったら、すぐ後でその元ネタというか、体験者に会ってしまったという……それ自体にも、変な〝ヒキ〟を感じましたね」

確かに、怪談そのものが語られたがっているような気のするエピソードだ。実際、従兄の体験談はその後、(変節されつつではあるが)地元の噂やインターネット上など、多くの人々の口にのぼっていったではないか。かくいう私も、こうして語りの伝染に加担することになっているのだが。

もう一つ気になるのは、従兄が持ち去った「鏡」の行方である。

それはまだ雑木林の中に転がっているのだろうか?

それとも、後に流布した「鏡を持っていったら事故にあった」という噂を信じるならば、また元の廃墟へと戻っていったということだろうか?

だとしたら、ガラスの森の建物が撤去されるとともに、鏡もまた粉々に砕け散ったのだろうか?

もしかしたら、と私は思う。

ガラスの森がなくなった今もなお、あの鏡は、日本のどこかの廃墟にたたずんでいるのかもしれない。

そしていつか、遊び心で侵入してきた若者がそれを見つけ、持ち帰ろうとするのを待っているのかもしれない、と。

シェアする

フォローする