校舎五号棟三階(関西地方) | コワイハナシ47

校舎五号棟三階(関西地方)

「怪談って、幽霊が出てこなくても怪談になるんだね」

マキノさんは深々とうなずいた。

「僕はむしろそういう話の方が好きですね」

ヒサトくんは、大の怪談好き。仕事の休憩中にも怖い話を楽しみたくて、先輩のマキノさん相手に、知っているネタを幾つもしゃべり続けていた。

もちろん、中には直接的に幽霊が出現しない怪談もあり、それがマキノさんには新鮮だったようだ。

「そうだなあ、幽霊が出てこなくてもいいんだったら……」

俺がいちばん気持ち悪かった思い出があるんだけど、聞いてくれる?

マキノさんは、関西のとある小学校に通っていた。

年代ものの校舎は、細長い棟が五つ連なっているという、かなり特殊なつくり。それぞれの隣接部分は渡り廊下で繋がっているのだが、一つだけ独立して封鎖されている棟がある。

それが五号棟だ。校舎全てが同じ時期につくられたはずなのに、この建物だけ、なぜか老朽化が激しいという理由で立入禁止となっている。一階だけは入れるのだが、その教室も倉庫代わりに使われているだけで、生徒が出入りすることはない。

両端にある二~三階へと続く階段は、バリケードや鎖で完全封鎖されており、誰も上れなくなっている。

小学四年生の秋頃。マキノさんは悪友四人とともに授業をサボっていた。理科の教師がやけに厳しいので、その時間だけボイコットしていたのだ。

校舎裏に隠れておしゃべりに興じるうち、誰からともなくこんな提案が出てきた。

「五号棟の二階三階、探検してみようや。あそこ、誰もいったことないやんな」

実は片側の階段だけ、バリケード下部に小さな隙間があいていることを、彼らは知っていた。

誰もいない校舎にこっそり忍びこみ、封鎖の穴から階段に入る。ぎしぎしぎしぎし。老朽化のためか、木造のステップはやけにきしんだ音をたてる。

まずは二階を見渡してみたが、まっすぐ延びた廊下に、がらんとした教室が続いているだけ。

「なあんも、ないな」

まったく使用されていないので当然だが、高まった冒険心に肩透かしをくらった気分だった。

こんなもんか。もういっこ上のぼろう。

ぎしぎしぎしぎし。三階へと続く階段は埃だらけだった。二階以上にずっと人の立ち入りがなかったのだろう。そういえば先生たちからは「床を踏みぬくから立入禁止」と注意されていた。皆、びくびくしながら一歩一歩ふみしめていく。

三階もまた、空き教室と廊下の他は、ひっそりとなにもない空間だった。ただ一つ、二階と違った点がある。

「なんや、あれ?」

一直線に延びた廊下の突き当たりに、机が一つ、ぽつりと佇んでいた。

教室にあるただの机なのだが、廊下に配置されているというだけで、なんだかやけに不気味な光景に見える。

五人はゆっくり、奥へと歩を進める。

すると机の上に、人形が一体置かれているのがわかった。

パッチワークというのだろうか、余ったボロ布を手で縫いあわせた、下手くそなつくり。目はボタンが二つだけ、口は赤い毛糸を一本、髪はぼさぼさの黒い毛糸がつけられている。

その異様な風体に、マキノさんは寒気を覚えた。もう帰ろうと言い出したかったが、友人たちの手前、我慢するしかない。

とはいえ皆も気味悪がっているのだろう。五人で机の前に立ったまま、誰も人形に触ろうとしない。

「うわっ!」

すると突然、お調子者のNが人形を手に取りざま、こちらに放り投げてきた。とっさにマキノさんが避けると、それは胸にぶつかってポトリと落ちた。

「なにやってんだ!」「えへへへへ」

と、皆の視線が、下の人形に向けられた。廊下にうつ伏せになっているため、先ほどは見えなかった裏側が向けられている。その右足ふくらはぎに、白いタグが縫いつけられている。

そこには、黒いマーカーで大きく「ヤマウチ」と書かれていた。

「……なに?ヤマウチって」「誰か他に忍びこんだやつが、ふざけて書いたんかな」

そう話しているうち、外でチャイムが響きだした。次の授業までサボるのも具合が悪いので、またひっそり五号棟を抜け出していった。

彼らのクラスにはちょうど、ヤマウチくんという目立たない生徒がいた。いじめられっ子に近いタイプで、からかいの対象となることがよくあった。悪ガキ五人が、この偶然に注目しない訳がない。

「なあ、あの五号棟にヤマウチって人形があったぞ。お前のちゃうん?」「おいおい、小四にもなってお人形遊びしとるんか?」

冒険後の興奮も手伝って、しつこく大声ではやしたてた。

「ちがうよ、そんなことしないよ」

度を過ぎたからかいに、ヤマウチくんは泣きながら教室を飛び出した。その足で担任の女教師のもとに行き、彼らが五号棟に入った経緯もふくめ、事の次第をチクってしまったのだ。

その日の放課後、五人は担任に呼び出しをくらった。職員室横の生徒指導室におずおずと入っていく。

五人としては、ヤマウチくんをいじめた件について怒られると思っていた。立入禁止の校舎に上がったことなど、それほど大した違反ではないだろうとの認識だった。

しかし先生は、説教の最初で「ヤマウチくんは友達だから大事にして」と軽く触れただけ。そこから急に語気を荒げ、二つの点について延々と彼らを叱り続けた。

一つは「絶対にあの校舎には入っちゃだめなの!上がっちゃいけないの!」

もう一つは「絶対にあの人形には近づいちゃダメなの!さわっちゃいけないの!ありえないことなんだから!」

叱られている五人の中で違和感がふくらんだ。なんで先生は、人形の存在を知っているんだろう?明らかにあの三階は、長年にわたって誰も足を踏み入れてない様子だったのに……。

ともかくマキノさんは、先生のあまりの剣幕に、自分とお調子者Nが人形に触れてしまったことを切り出せなかった。

特に何事もなく二週間が過ぎた。

土曜日、マキノさんが自分の部屋でごろごろしていると「ただいまあ」と母親が帰宅する声が聞こえた。なぜかそのまま二階への階段をどんどんと上がり、部屋に入ってくる。

「なんやねん」

寝転んだまま顔を向けると、母親は手にビニール袋を持ったまま、きょとんとした顔で立っている。

「あれ、なんでやろ。なんか入ってきてしもうたわ」

「はあ?ええけど、バザーでなんか買うてきたんか」

その日、小学校では保護者バザーが催されていた。前週までに父母がいらない物品を持ち寄っておき、先生たちが値段を付け、段ボール箱に置いておくというものだ。

「ああ……」と母親がビニール袋を傾けたところで、マキノさんは目を疑った。

袋の口から、あの「ヤマウチの人形」が顔を出しているではないか。

「な、なに持ってきとん!」

「なにがよ、どうしたん?」

先々週のあらましを説明すると、母親の顔もどんどん青ざめていった。

「いや……そういえば私もこれ、なんで買うてしもうたかわからんわ……」

人形は段ボール箱の片隅で、四〇〇円にて売られていたらしい。しかしこんなボロボロの人形など、たとえ無料でもいらないはずだ。我に返ってみれば、母親も自分の行動が不思議でたまらないという。

結局、人形は大きな寺院に持っていき、供養してもらった。それからしばらく、マキノさんはこの件について必死に忘れようと努めた。母や友人たちに対しても、人形の話題は触れないようにしていた。

ただ、二十歳を過ぎた頃、ふと母親に当時について聞いたことがある。

「ああ、あれな……実はあん時、わざと話さなかったんやけど……」

校内の教師に一人、母の昔からの友人がいたので、事情を尋ねてみたらしい。

それによると、昔、五号棟の三階からヤマウチという男子生徒が飛び降り自殺をしたというのだ。それから棟全体が立入禁止となった。そして供養のため、今でも「ヤマウチの人形」が置かれているのだ……と。

しかし三十代となった今でも、マキノさんはこの説明に納得していない。

「だっておかしいでしょ。本当に小汚い人形だったんだから。そんなもん、誰がお供えするんだって。それは嘘の説明で、絶対なにか隠してるんだと思う……」

五号棟ふくめ、その校舎はすべて現存している。

マキノさんの時代からたびたび、取り壊して新校舎をつくる予定が立ち上がるのだが、いつも頓とん挫ざしてしまうらしい。

この話を聞いたヒサトくんは、さっそく同校について丹念に調べてみた。すると五棟とも三年前に耐震工事を行っていることが判明。リフォームしたのなら、まだ建物を残すつもりなのだろう。そして五号棟立入禁止の理由が「老朽化」だったのなら、工事後の今は入れるようになっているかもしれない。

「小学校の中を取材するには、どうしたらいいんですかね?」

そんな相談をヒサトくんから持ちかけられたため、私も以上の顛末を知ることとなったのである。もし許可が下りれば、私も現地取材に同行させてもらおうと思っている。

「ヤマウチの人形」は、今も五号棟三階にあるのだろうか。

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