悪意の家(栃木県) | コワイハナシ47

悪意の家(栃木県)

長年にわたって怪談を集めていると、怪異に出くわす「現場の共通点」が浮かび上がってくる。私はかねてより、怪談現場の多くが、暗あん渠きょや埋め立てられた川沿いなどの「元・水場」(かつて水があったが今は隠されたり消えたりしている場所)に集中していると指摘し続けている。

今回の取材では「崖下の家」での体験談が多く見られた。崖下、つまりアップダウンが激しい立地の低地側ということだ。急峻な谷地とは、川もしくは低湿地ということなので、これも広い意味での「元・水場」になる。

「どうして、おじいちゃんがあんな家をつくったのか……すごく悪意を感じるんですよ」

チエさんは、子どもの頃に住んでいた家について、そう語りはじめた。

栃木県は日光いろは坂近くに、その一軒家はあった。父方の祖父が建てたものだ。

現在は取り壊されて更地となっているが、私もグーグルマップにて正確な位置を確認してみた。

確かにチエさんの言わんとすることはわかる。その跡地は、川近くの切り立った崖下だ。陽も差しづらく、雨になると裏手の広場になった高台に溜まり、その水が家まで落ちてくる。といっても、そこにしか家屋を建てられなかった訳ではないのだ。

父方の祖母は地主であり、周辺のかなり広大な土地を所有していた。私が地図をみても、なぜこれだけの土地がありながら、ピンポイントで崖下、それも雨水が滝のように降り注ぐ地点を選んだのかわからない。

また、なぜか明るい南側に窓がいっさいなかったため、家全体が薄暗かったという。ちなみにチエさんには、取材前に残された設計図を確認してもらっている。

これを設計した祖父は、祖母の再婚相手だった。つまり夫婦の息子=チエさんの父親ふくめ、家族の誰とも血は繋がってはいない。「悪意を感じる」とまで言うには、他にも色々な事情があるのかもしれないが……ともかくここでは怪異体験について記していくことにしよう。

そうした家のせいか、チエさんはたびたび奇妙な体験をしている。

父親は会社勤めをしていたが、油絵教室を開くほどの画家でもあった。北側の最も暗い場所にあった父のアトリエには、いつも二人の「鬼」がいたという。鬼というのは小さかったチエさんの表現であり、角が生えている訳ではない。緑と黒の混じったゴツゴツした肌で、背は一五〇センチほど。双子のようにそっくりだった。

父親が会社に行っている間、チエさんがアトリエで本を読んだりしてると二人が出てくる。「あそぼう、あそぼう」とまとわりついてくる。特に恐怖を覚えず、そうした人が家に住んでいるのだと思っていた。

ただ、なんの気なしに母親に「鬼」のことを話した時、とたんに母親の顔は凍りつき、「そのことは二度と言わないで」と固く戒められた。

中学二~三年生の頃は、毎晩のように金縛りに悩まされていた。ある日突然、クラスメートの少年から「背中になにか憑いてる。寝る時にもうなにもしないでってお願いしてみたら?」とアドバイスされたこともある。その夜、ベッドの上で言われた通りにしてみたとたん、「だだだだだっ」と背中をたたかれた。明らかに人の拳の感触だったことを、今でも覚えている。

特に長く続いていたのは、家中を歩く音とともに聞こえる、女のすすり泣きだった。ベッドに入っていると、毎夜のように家のどこかの床がきしみ、家族の誰でもない声の、ヒクヒクという嗚咽が聞こえてくるのだった。

これについては、なんとなく思い当たる節もある。

チエさんの枕元にはずっと、一体のフランス人形が置いてあった。高級なアンティークではない。昭和三十~四十年代に大量生産された国産メーカーのもので、下部にオルゴールが設置されている。玩具マニアならずとも見覚えある人は多いだろう。

元々は父の絵画教室に通う女性からもらった人形だ。「ファンクラブがあった」とチエさんが述懐するように、ハンサムな父親はとにかく女性からモテていた。

「この人形を、絵に描いてください」

女性は、そう告げてフランス人形を父にプレゼントしていた。ただし父はその一途な想いを無視するかのように、「こんなもので作品は描けない」と、放ったらかしにしていた。

そしていつのまにか、チエさんのベッドサイドに置かれるようになったのである。

「でもそれから毎晩、人形が寝ている私を起こしてきたんです」

夜中いつも、オルゴールの鳴る音で目を覚まされる。停止状態のはずの歯車が勝手に巻かれているのだ。

瞼を開ければ、きまって人形はこちらに背を向けている。音楽とともにゆっくり回転していく。そしてチエさんとぴたり目が合ったところで動きを止める。

大きな瞳が、なにかを訴えかけるかのように、じいっと自分を見つめてくる。

その視線には、内に秘めた「悪意」が込められていた。

チエさんはさんざん、母親にその人形を家のどこかに移動させるよう頼んだ。それも人形に聞かれないよう、自分の部屋以外のところでこっそりと。その度、母親は「別にいいわよ」と了承した。しかしいくら場所を移しても、その夜のうちに人形は枕元に戻ってきてしまう。そしていつも、オルゴールの音色で夜中に目覚めさせられるのだ。

人形が勝手に動いているのか、父母のどちらかがこっそり置いていくのか、それはわからない。

一年の間、そんな毎日が続いた。

しかしある日の学校帰り。あいにくの雷雨にずぶ濡れとなったチエさんは、慌てて我が家を目指していた。

玄関まであと少しというところで、庭先にあのフランス人形が放置されているのを見つけた。しかも今朝まで見ていた姿とは大違いで、汚れに汚れきっている。いくら豪雨とはいえ、短時間でここまでボロボロになるのだろうか。

その時、空に稲光が走った。一瞬だが、雷光で照らされた人形の顔が、こちらをにらみつけていた。表情そのものが歪んでいる。これまでとは比べ物にならないほどの強烈な「悪意」が、そこにはあった。

それを最後に、人形は家から姿を消した。誰がどこにやってしまったのか、今でもまったく不明である。

ただ後日になって、嵐の中に人形を放置したのが母親だったことを知った。

そしていなくなった人形と入れ替わるように、足音と女のすすり泣きが、夜中の家に響くようになったのである。

どうやらその家には、祖父とは別にもう一つ、いやもう二つの「悪意」があったようだ。

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