犬(近畿地方) | コワイハナシ47

犬(近畿地方)

「僕は、ゆうれいお化けの話を一切しないんです。それには理由があるんですよ」

小倉さんはそう言って話しはじめた。

現在都内で営業の仕事をしている彼が大学一年生だったころ、友人たちとの間で深夜に心霊スポットへ行くことが流行はやっていた。

当時関西に住んでいた小倉さんは、同級生の聡さん、正志さんと三人で、地元で有名な「心霊トンネル」と呼ばれる場所へと向かった。運転は免許を取り立ての聡さんが買ってでた。

その日は雪まじりの雨だったが、心霊スポットへ行くには絶好の雰囲気だった。

ゆうれいを見たいというよりも、単に肝試しを楽しめればそれでいいのだ。

現地に到着したときには深夜一時をまわっていた。

目の前に迫る有名な「心霊トンネル」を見て三人ともテンションは上がり、意味もなく笑いがこみ上げてくる。

「あれやろうぜ」

正志さんがつぶやいた。

「あれ」というのは「心霊トンネル」でのお約束のことで「トンネル内に車で入り、中ほどで停車しエンジンを切る。そしてクラクションを三回鳴らすと女の幽霊が現れる」というものだった。

さっそくトンネル内に車を進入させる。

車一台がやっと通ることのできる狭さだ。

壁面には、彼らと同じように遊び半分で来たであろう先客たちの落書きが一面に描かれているのが見える。

湿気に満ちたトンネル内を、速度を落としながら進み、真ん中あたりまでくるとエンジンを切った。

「よし、やるか」

いったい何が起こるのか、何に期待をしているのかもわからないまま、運転席にいた聡さんがクラクションを鳴らす。

お約束通り、ゆっくりと、三回。

当然ながら何も起こらなかった。

予想はしていたが、心の片隅で何かが起こるのではないかという淡い期待もあったため、急激に車内の三人のテンションは下がっていった。

「帰るか」

小倉さんの言葉にふたりもうなずいた。

逆走ができないため、このトンネルを出てから山道を抜け、国道を通って帰らなければならない。ゆっくりと車を進めると、やがて出口が見えてきた。

トンネルを抜けたあたりは、木々が生い茂り左右に古い地蔵尊が立ち並んでいた。

外灯はなく、フロントライトの光が雨に煙った山道をぼんやりと照らしている。

「なぁ、俺思い出したんだけどさ、ここってウワサあるよな」

聡さんが突然こんなことを言いだした。

「ウワサって?」

「この先、土手の上に廃屋みたいな民家があって、そこに犬を食って暮らしているじいさんがいるんだって」

「なんだそれ」

「いや、だからウワサだって」

聡さんがそう言ったときだった。

どこからか、犬の遠吠えが聞こえてきた。

「え、マジかよ。犬?こんな山奥に?しかもこのタイミングで?」

「気持ち悪いな」

ふたたび遠吠えは聞こえてくる。

しかも、だんだんとこちらへ近づいて来ているようだ。

そのことに気がついた正志さんが、

「なぁ、俺らのこと追いかけて来てないか?」

と言ったのと、後部座席の小倉さんが振り向いて後方を見たのは同時だった。

毛が抜け落ち、皮膚がむき出しになった痩せた犬が、身体を前後左右に動かしながら、ものすごい勢いで車を追ってきていた。

「うわ、やばいあの犬!気持ち悪わりぃ!」

小倉さんがそう言うと、隣に座っていた正志さんが、

「違う」

青い顔をしながらつぶやいた。

「何が?」

「だから違うんだって」

「何が違うんだよ」

「犬じゃない」

「は?」

「犬じゃないんだって」

そう言われてもう一度後ろを見た小倉さんは、恐怖のあまり強張った。

追って来ているのは犬ではなく、全裸の男の老人であった。

老人は四つん這いになりながら、

「ワオーン……ワオーン……」

大声で鳴きながら迫ってくる。

「やばいな、あのじいさん。自分のこと犬だと思い込んでんのかな」

小倉さんが言うと正志さんは、

「だから違うんだって。『ワオーン』じゃなくて、『おーい』って言ってる」

そう言われてよく聞いてみると、老人は「おーい」と呼びかけながら迫ってきていたのだ。

「早く逃げよう」

そう言って運転席にいた聡さんがスピードをあげたとたん、「痛っ!」と叫んで急停止した。しかし老人の「おーい」という声は聞こえている。なんとか車を再発進させ、国道へ出るころには、声は聞こえなくなっていた。

国道には対向車や後続車がいて、彼らはようやく心が落ち着いてきた。

途中にあったファミリーレストランの駐車場に車を停め、運転していた聡さんの顔を見ると右の頬に、まるで獣に引っかかれたような鋭利な傷がついていた。

「きっと枝か何かで引っ掛けて切れたんだろう」

小倉さんが言うと、

「窓は閉めてたよ……こんな雪まじりの雨だぞ」

確かにそうだった。

車内は暖房を入れていたので、窓は閉め切っていた。

しかしなぜか聡さんの右の頬には、原因不明の傷がしっかりと刻み込まれていた。

あのとき見たものがなんだったのか、いまだにわからないと小倉さんは言うが、それきり心霊スポットに行くことはやめ、ゆうれいお化けの話も一切しないと心に決めたそうだ。

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