ぬける(京都府) | コワイハナシ47

ぬける(京都府)

ライターのムサシさんの体験談である。

今から二十年以上も前、まだ専門学校生だったムサシさんは友人の知り合いとして紹介された彩さんという女性とお付き合いすることになった。

初対面ですぐに意気投合し、彩さんはムサシさんがひとり暮らしをしている都内のワンルームのアパートに転がり込むようなかたちで同棲生活がはじまった。

狭い部屋の大半の面積をベッドが占めている。それでもふたりは幸せだった。

彩さんはおとなしい性格で自分のことを話すことはほとんどない。

ときどき部屋を出て行く様子からすると、どうやら働いてはいるようであるが何をしているのか年齢すらも知らなかった。

同棲をして半月ほどが経ったある日。

その日はふたりとも休日で、昼ごはんを食べた後ベッドで昼寝をしていた。

どのくらい眠ったか。

ムサシさんは視線を感じ目を覚ました。

すぐ目の前に彩さんの顔がある。

仰向きに眠っているムサシさんのことを彩さんは真上から見つめていた。

自分の寝顔を見てくれていたのだと彩さんを愛おしく思ったが、瞬時におかしなことに気がついた。

彩さんは無表情なまま、ムサシさんの体と平行に宙に浮かんでいたのだ。

「うわっ!」

思わず声をあげベッドの下へ転がり落ちた。

「なんだ今の」

一瞬で全身から汗が吹き出るのを感じながらベッドの上を見ると、彩さんはこちらに背中を向けて眠っていた。

(夢か……)

ベッドに戻ろうとしたそのときだった。

彩さんがくるりとこちらを向き「見つかっちゃった?」と言う。

「え?何が?」

「ごめん、びっくりさせちゃったよね。あたし、寝ると結構ぬけるんだ」

と笑う。

へえ、そうなんだ、と答え、それ以上のことは深く追求しなかった。

それから数日が経ったある日のこと。

朝早くに身支度を整えた彩さんは「レコーディングに行ってくる」と、部屋を出ていった。

一ヶ月ちかく同棲生活をしてきたが彼女が歌手であることを初めて知った。

この日休みだったムサシさんは、彩さんが出かけてしばらくして友人から借りてきた成人向けのビデオを鑑賞することにした。

彼女がいても成人向けのビデオを見る男性もいる。ムサシさんはそのタイプの人だった。

ビデオの内容は、病院の医者と看護師が──という類のものだった。

数分後。

家の電話がけたたましく音をたてた。

電話口の相手は彩さんだった。

「彩ちゃん?どうした?忘れ物でもした?」

「ううん。さっきレコーディングの休憩中に仮眠したんだけどね」

「そうなんだ」

「でね、ムサシ君、何してるのかなって思ったからそっちに行ったんだけどさ、それ趣味悪いよ。ナースものとか」

「え、えっ?」

「だから言ったでしょ?あたし、寝るとぬけるって。じゃ、仕事戻るね」

彩さんはなんでも知っている。

眠っている間に自分が何をしているのかを見ているのだ。

それ以来、ムサシさんは成人向けのビデオは一切見られなくなったそうだ。

そして、彩さんがふつうの人間とは違った不思議な力を持った特別な人であることをだんだんとおそろしく思うようになっていった。

彩さんの不思議な体質については、ムサシさん以外にもうひとり知っている人がいた。その人は彩さんの親友の友美さんという女性である。

彩さんがぜひ友美さんを紹介したいというので、三人で食事をすることになった。

友美さんは自身に霊感があると称しており、彩さんが特異体質であることについて「すべては彩ちゃんの後ろにいる霊のせいです」と言う。

友美さんの言うことにムサシさんは半信半疑ではあったが、彩さんの行動について少なからず不信感を抱きはじめていたので彼女の話を聞くことにした。彩さんも納得している様子だった。

そして、京都の○○山に徳の高いお坊さんがいるので、その方に視てもらおうということになり、三人で休みの日にその寺院へ訪ねて行くことにした。

東京から京都へ移動し、そこからはバスを乗り継いで山腹に向かう。そしてそこからは徒歩で木々に覆われた緩やかな坂道を登った。すぐに目的の寺院が見えてくる。

山門をくぐり境内へ入ると、本堂の前で件の住職が待ち構えていた。

(あの方が彩ちゃんを助けてくれるんだ)と期待に胸をはずませたときだった。

背後にいた彩さんが唸り声を上げて、泡を吹き倒れた。

驚いてすぐに介抱をしようとすると、住職が「だいじょうぶですから」と寺の若い僧たちを呼んで彩さんを本堂へ連れて行った。

本堂へ入るとすぐに住職の読経がはじまった。

彩さんは座布団に座ってぐったりと頭を前に垂れている。

読経が進むにつれ、体をユラユラとゆらし、目は開いているのかいないのか、うつろな状態だ。

その後方でムサシさんも友美さんもただ見守ることしかできなかった。

それからしばらくしたときだった。

突然、彩さんは後ろに強く上半身を反らした。同時に、本堂中に白い何かがたくさん舞いはじめる。それは雪のような、鳥の羽のようなものだったという。

はじめはそれがなんなのかわからなかった。見とれるほど美しい光景だった。

やがてその一枚が膝の上に落ちてきたので拾い上げてみた。重さもないその白いカケラは和紙のようなもので、折りたたまれている。広げてみると筆で梵字のようなものが書かれていた。

「なんだこれ……」

前方には揺らぎながら座る彩さんがいる。その彩さんの左手首からその白いものが勢いよく吹き出ていた。

それからのことはよく覚えていないそうだが、ムサシさんはひとり本堂を逃げるように出て、東京へ戻ってきた。翌日には住んでいたアパートを解約し荷物をまとめると友人の家にころがりこんだ。

彩さんとはそれ以来会っていないそうだ。

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