○○じゃない2編(埼玉県) | コワイハナシ47

○○じゃない2編(埼玉県)

じゃない

埼玉県在住の大学生、安村さんの体験談である。

彼は実家で両親と三人暮らしをしているのだが、もの心ついたころから家族との会話はほとんどない。仕事で忙しい父親は深夜に帰宅するため顔を合わせることもなく、母親は無口な人だし、安村さんの部屋へ来ることなどもまずなかった。

家族それぞれがまるで空気のような存在になっていたが、それが当たり前だったので気にもならなかった。

今から一年前の冬。この日は冬休みの初日で駅前の居酒屋で同級生たちと酒を飲んでから二十時過ぎに帰宅した。

自室でベッドに横になったときだった。

「あんたいつ帰ってきたの?」

ドアの外から母親が呼びかけてきた。

ふだんほとんど会話もしないのでめずらしい。久しぶりだし少し話をしようと起き上がったが、なぜか声が出ない。

違う──声が出ないのではなく、声を出せないのだ。

安田さんが戸惑っているとドアの外から何度も母親が話しかけてくる。

そのうちにドアが叩かれ「入ってもいい?」と尋ねられた。

声を聞いて安田さんは自分の体から血の気が引いていくのを感じた。

ドアのむこうから聞こえるのは母親の声だが、どうしても母親とは思えない。なぜなら、これまで母親は一度も部屋に来ることがなかったからだ。

そのとき、突然耳鳴りがした。

なぜか得体の知れぬ恐怖感に襲われ、手もとにあった毛布を頭から被ると横になった。やがてほろ酔いだったこともあり、いつの間にかそのまま眠りに落ちていた。

ふと目を覚ますと深夜だった。

先ほどのことは夢だったのかと安心したが、なぜかまだ寒気がする。

まさか──。

そう思ったとき、ふたたび母親の声が聞こえてきた。

「ねぇ、入っていい?」

安田さんは(あれから何時間経っているんだ?)と、時計を見ようとした。

すると「ガチャリ」と、ドアノブが下がる音が聞こえてきた。

慌ててまた頭から毛布にくるまる。

(ぜったいに母さんじゃない!ぜったいに母さんじゃない!)

ゆっくりと床を踏む足音が近づいてくる。

足音はベッドの前で止まった。少しの静寂のあと、毛布越しのすぐ耳元で、

「やっぱり起きているじゃない。フフフ……」

母親にしては妖艶な口調の声が聞こえた。額に次々と脂汗がつたう。

出たらだめだ。応えてもだめだ。

毛布を握り締めながらじっと堪える。すると頭上から、

「なんだ、バレてるんだ」

母親とはまったく別な男の声がした。

(誰だこいつ……)

その刹那、何者かが背中側から毛布の中に入り込んできた。

恐怖のあまり身動きのとれなくなった安村さんの耳元で、その何者かは低く囁く。

「なんで無視するの?起きてるんでしょ?」

「うわあああッ!」

とうとう耐えられなくなり、毛布を跳ね除けるとそこには誰の姿もなく、ドアもしっかり閉まっていた。

慌てて一階へ駆け下りると、リビングで母親が何食わぬ表情でお茶を飲んでいる。

今しがた起きたことを伝え二階へ来たのは母さんかと聞くと、今夜は仕事で遅くなり帰宅してきたばかりで二階へも上がっていないということだった。

久しぶりに話しかけてきたと思ったら、いったいなんなのよ、あんた、と母親に軽くあしらわれた。

この日以来、実家のことが気味悪く思えるようになった。

すぐに大学の寮へ引っ越すことを決めたそうだ。

じゃない──続く

大学の寮へ移ってからしばらくして、安村さんには彼女ができた。

おとなしい性格の安村さんとは裏腹で、明るく笑顔が魅力的で可愛らしい人だ。

夏休みに入ると寮生たちは続々と実家へ帰省して行ったが、以前体験した奇妙なできごとが心の奥底に引っかかっており、安村さんは実家から足が遠のいていた。そのため、ひとりで寮に残ることにした。

結局、安村さんだけが残ることになり、寮の鍵の管理まで任されることになってしまった。

──退屈だった。何もすることがない。

ふだん一緒にいるとやかましく感じる同部屋の仲間たちも、完全にいないとなるとつまらない。

そこで、寮へ彼女を呼ぶことにした。

男子寮のため当然、外部の人間で、ましてや女性を招くことはご法度なのだが、そのことを彼女に伝えると、

「何それ楽しそう!行く行く!」

すぐに、泊まるつもりで遊びに来てくれた。

「誰もいないからバレないっしょ」

「そうだね。なんか楽しい」

この寮では一部屋に二段ベッドがふたつあり、安村さんは左側の下の段を割り振られていた。

「こんな狭いところに寝てるんだね」

彼女は無邪気に笑う。

悪いことをしているとは思いつつ、好きな彼女と一緒に過ごすのは楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。

やがて夜も深くなり眠る前に寮の玄関の鍵をかけた。そして各扉や窓の施錠の確認に回った後、部屋に戻り明かりを消すとベッドに横たわった。

静まりかえった部屋の中、すぐに彼女の寝息が聞こえはじめた。

しばらくの間、彼女の可愛らしい寝顔を見つめてぼんやりしていると「ガチャッ」と玄関の扉が開く音が聞こえた。

咄嗟に(やばいッ、彼女のこと隠さなきゃ)と、彼女に急いで毛布をかけた。

ほどなくして廊下を歩く足音とともに部屋のドアが開いた。

真っ暗な部屋だが足音で後輩の坂本だとすぐにわかった。

「坂本、お前実家に帰るって言ってなかったっけ」

「いや、今回は帰るのやめたんすよ」

後輩の坂本のベッドは安村さんの真上で、ギシギシと音を立てながら梯子を上っていく。

(時間の問題だな。彼女のこと連れ込んでるのバレたらまずいな)

彼女の存在を隠すことで頭がいっぱいだったのだが、ふと冷静に考えてみると寮生の全員から鍵を預かっている。表の鍵も安村さんしか持っていないはずだった。

寝る前にしっかり戸締りもした。

いったい坂本はどうやって入って来たんだ?

しかも灯りも点けずに真っ暗な中、すべるようにベッドに向かってきた。

部屋のテーブルには彼女と食べたお菓子の空き袋や空き缶などもそのままだし、床には脱いだままの服が散乱した状態で片付けていないにもかかわらず、坂本はつまずくこともなかった。

(こいつに話しかけちゃまずかった)

咄嗟に感じたときだった。

「先輩、ダメっすよ、女の子連れ込んじゃ」

ベッドの上から逆さまになった坂本の黒い影が、こちらを覗き込んだ。

彼女の姿は毛布で覆っている。おまけに真っ暗で坂本から彼女が見えるはずもない。

安村さんは確信し、

「お前、坂本じゃないな」

と言うと、その影は、

「今回はわりと早くバレたか……」

スッと逆さまの顔を引っ込めた。

それは、坂本さんの声とはまるきり違う低い男の声だった。

「お前、誰なんだよ!」

影は応えることはなかった。

安村さんの声に驚いて目を覚ました彼女と、その後ベッドの上段を確認してみたが、そこには誰の姿もなかった。

部屋のドアも玄関の鍵もしっかりと閉まっていた。

またあいつだ。あいつに会ってしまった。実家にいるとばかり思っていたあいつが来た。

安村さんはこれまでのことを彼女に話すと「それっていったい誰なの?」と聞かれたのだが、まったく見当もつかなかった。

ただ、声はどこかで聞いたことがあるような気がしたそうなのだが、未だそれが誰のものだったか思い出せずにいるという。

そして、そう遠くない未来、その得体の知れない「○○じゃない」誰かが、またやってくるのではないかと気がかりでならないのだそうだ。

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