おんな(石川県金沢市) | コワイハナシ47

おんな(石川県金沢市)

長谷川さんの祖父である靖男さんが、旧制高等学校時代に体験したそうだ。

靖男さんの実家は福井県で、学校は石川県金沢市にあった。

当時は今ほど交通網も発達していなかったため、毎日汽車で通うことはむずかしいと親が考え、学校内に併設された学生寮に入って生活を送ることになった。

寮は学校の敷地内に三棟あり、時習寮と呼ばれていた。

この時習寮には、以前から奇妙な噂があった。

──真夜中になると、ある一室に女のゆうれいが現れる、というものだ。

その部屋は、三棟ある寮の真ん中、二階の一番隅にある物置のような部屋で、ふだんは誰にも使われていない。

ある冬の夜。

靖男さん含めた寮生たち何名かで、噂の部屋に泊まってゆうれいの正体をつきとめようということになった。

十七、八歳の血気さかんな若者たちは、ゆうれい見たさに続々と集まってきた。

おのおの襖や押し入れに入って身を潜め、夜が更けるのを待つ。

靖男さんは、部屋の中央に敷いた布団にもぐり込み、様子をうかがっていた。

やがて、零時を知らせる時計が音を鳴らす。

部屋の入り口の引き戸の上は窓になっている。廊下から月明かりがさし込み、部屋はほんのりと明るくなっていた。

布団の中からぼんやりと窓を見ているとペタリ、と白い手が貼り付いた。

(あッ)と驚いていると、さらにもうひとつ、手が貼り付く。

その手の間から、白い女の顔が部屋を覗きこんだ。

窓は人が立って覗ける高さではない。隠れている友人たちにいったいどう伝えれば良いかわからず、布団に入ったまま目をつぶり寝たふりをすることにした。

恐ろしさで震えが止まらない。

しかし友人に伝えたい。

しばらく葛藤していたが、部屋の中に違和感を覚えて耳を澄ます。

すす、すす、と足音が近づいてきた。

息を殺しながら目を閉じていると、突然足もとの布団を誰かがまくり、靖男さんの足首をつかんだ。

冬場ではあるものの、その手は尋常ではないほどに冷たく、思わず「ひぃッ」と声を上げ目をあけた。

見ると、足もとに見知らぬ女がしゃがみこんで布団をめくって中を見ている。

靖男さんは飛び起きると、「いたぞ!」と声を上げた。

その声に、隠れていた仲間が押入れや襖の向こうから顔を出したが、瞬きをしたとたん、女の姿はどこにもなくなってしまっていた。

「本当にいたのか。寝ぼけていたのじゃないか」と口々に言われ、なんとなく興が冷めた。これで潮時かということで友人たちはそれぞれの部屋に戻っていってしまった。

しかし、あの生々しい手の感触のことが気になり、どうしても夢ではないということを確認しなければならないと感じた靖男さんは、からかう友人たちを見送った後、たったひとりこの部屋に留まることにした。

先ほどの恐怖感もあり、はじめは眠るどころではなかった。

布団の上であぐらをかいたままじっと待っていたのだが、張り詰めていた緊張のせいで疲れが出たのか、いつの間にか眠ってしまっていた。

顔に何かが触れたことを感じ、目を覚ました。

目の前に、ざんばら髪を垂らした女の顔がある。

色の白いその女は、細い指で靖男さんの頬にそっと触れた。その手は氷のように冷たい。

そして「ハルオさん……ハルオさん……」と言って、胸にその顔をうずめて泣き出した。

(ハルオって誰だ?)

靖男さんは、咄嗟に日蓮宗の経文を心の中で唱えた。

気がつくと部屋は明るくなっており、そこには誰の姿もなかったのだが、靖男さんは夜中に見た女のことがどうしても忘れることができなかった。また恐ろしいという感情もまったく持てなかったため、長くこの学校にいる教師に聞いてみると、過去にこの部屋に住んでいた学生が病気で急死したことがあると知った。

その学生には許婚がいたのだが、彼の死をはかなんで後追い自殺してしまったという。

以来なぜかこの部屋にはその学生ではなく、許嫁の女性の霊が出るようになったため物置部屋にしたそうだ。

あれが許嫁の女性のゆうれいだったのか、それとも夢だったのかはわからない。しかし、悲し気なあの女性のことを思うと自分は将来お嫁さんをもらったら、決して悲しい思いをさせないようにしたいと、靖男さんは心に決めたという。結婚したあとは、近所ではおしどり夫婦として仲むつまじく暮らしたということだ。

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