天使の輪(東京都) | コワイハナシ47

天使の輪(東京都)

二〇一五年、東京都内の某図書館で「怖い朗読会」を開催したときのこと。

客席に、ひと際目立つ素敵なマダムがいた。

おそらく七十代くらいだと思うが、着ている服も、かもし出すオーラもすべてにおいて優雅な方だった。

会が終了すると、マダムは「良かったわよ」と言って廊下を歩いて行かれたのだが、すぐに向き直ると私のそばまで戻って来て低く落ち着いた声で、

「お時間ある?あなたとお話がしたいの」

そう言って話しはじめた。

「私はね、ゆうれいだとか、そういったことはまったく信じていないの。むしろ会ったら話してみたいから出てきてほしいくらいだわ。だけど一度だけとても不思議なことがあったからあなたに聞いてもらいたいと思うのよ。もう四十年ちかく前のことなんだけど」

マダムはご自身のことを「アーティスト」と言い、長い間パリで生活をしていたのだと話した。

パリでの生活の間、オスのチワワを飼っていたという。

毛並みもよく瞳も月のようにきれいで、そのチワワに「ムーンムーン」という名前を付けた。

マダムとムーンムーンは片ときもそばを離れなかった。

独身の彼女にとってムーンムーンはペットでありながら恋人のような存在でもあったという。

しかし、ペットとの別れはいつか必ずやってくるもの。

ムーンムーンはマダムのそばを離れ、虹の橋を渡ってしまった。

家族同然だったムーンムーンとの別れに彼女は泣き続けた。

火葬場で小さな骨となってしまったムーンムーンの入った箱を抱きしめながら帰宅すると、いつも彼が寝ていたベッドの足もとにそっと置き、

「あなた、ゆっくりおやすみなさい」

いつものように話かけた。

マダムもベッドに横たわる。

すると「きゅうん、きゅうん」と、足もとで鳴き声がした。

ムーンムーンが甘えて出す声だ。しかしそんなはずはない。彼はもう死んで骨になってしまっている。

慌てて飛び起きると、足もとに置いてある小さな箱の上に青白い輪っかのようなものが、ぽわんと浮かんでいる。

それはちょうど小さな箱のサイズに合っており、まるで亡くなったムーンムーンの頭の上に浮かぶ天使の輪のように見えた。

「あなた!」

声をかけたが、

(これが世にいう火の玉というやつかしら)

冷静な気持ちになった。

その天使の輪に向かって「おやすみ」と声をかけるとマダムは眠りについた。

翌朝早くから、ある作品を造りはじめた。

ムーンムーンの彫刻だ。

毎日ずっと一緒にいた彼のことを生涯忘れないために、寝る間も惜しんで作品を造り続けた。

ほどなくして、ムーンムーンの彫刻は完成した。

彫刻が完成すると、その日のうちに近所の友人を家に招いた。

その友人の愛犬は、ムーンムーンとは大の仲良しだった。

扉を開け、部屋に入ってきた友人は、キャビネットの上に置かれたムーンムーンの彫刻を見ると、

「まぁ!ムーンちゃんが生きかえったのかと思ったわ!」

驚きの声を上げた。

するとその友人の愛犬がムーンムーンの彫刻を発見するなり、嬉しそうに尻尾を振ってキャビネットの方へ向かって行く。

そして、「早く遊ぼうよ」とでも言わんばかりにその彫刻へ擦り寄る。

マダムの造った「ムーンムーン」の彫刻は、人間の目にも動物の目にも本物のように見えたのだった。

この話を聞いて私は「ご自分でも似ていると思われますか」と尋ねると、

「ええ。最高傑作よ!本物にしか見えないわ。彼そのものよ。彫刻の中にね、彼の骨を埋め込んだのよ。彼が完成したその日、またあのときと同じく頭の上に青い天使の輪が浮かんだのよ。私はあれがリンだと思ったの。それで、そういうことに詳しい人に聞いてみたのだけど、焼いた骨からリンが発生することはないみたいなの。例えば土葬の時代だったら水やさまざまなものと混じって化学反応を起こして発生する可能性はあるかもしれないけれど、やっぱりあれはリンではなくて天使の輪だと思うのよ。ゆうれいとかそういうことは一切信じないけど、あのことだけは今でも不思議な出来事だったと思っているのよ」

話を聞いてくれてありがとう、と言ってマダムは去って行った。

マダムの正体が、世界的に活躍する有名彫刻家だと知ったのはそれからすぐのことだった。

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