あの女がついてくる(東京都渋谷区) | コワイハナシ47

あの女がついてくる(東京都渋谷区)

一九八八年の某日。

当時大学生だった田口さんは、街中で久しぶりに後輩の佐藤さんと顔を合わせた。後輩はげっそりとやつれたように見えた。

田口さんはラグビー部に所属しており、その後輩も部員のひとりだったのだが、部会での飲み会を最後にまったく顔を出さなくなり、連絡も途絶えていたので気がかりだったのだ。

「佐藤、心配したぞ。今まで何していたんだ」

田口さんが聞くと佐藤さんは「あの日からあの女がついてくるから」と言って震え出した。

そんな佐藤さんをなだめながら、ちかくのベンチに座らせると話を聞くことにした。

その日はラグビー部全員が集まり、渋谷で部会と称した飲み会が開催された。

終電の時間が近づくと部員のほとんどが帰ってしまったのだが、佐藤さんは酔いつぶれ、気がついたときには店の外で眠り込んでしまっていたという。

終電はすでになくなっており仲間の姿もなかった。

佐藤さんはふらつきながらも渋谷から原宿方面に向かって歩きはじめた。

歩いて高田馬場にある寮へ戻ろうとしたのだ。

渋谷から原宿へ行く途中には明治神宮があり、そこを通り抜けて行くことにした。

明治神宮は都会とは思えぬほど緑豊かで、日中は多くの参拝者が訪れる場所だ。

佐藤さんが敷地内へと足を踏み入れたときには、すでに真夜中の一時をまわっていて、ひと気はない。

木々に覆われた敷地内をフラフラと歩いていく。

「飲みすぎたのは悪いけど、俺ひとり置いて帰るなんてあいつらひどいな」

佐藤さんは酔いにまかせて仲間をののしりながら歩いた。

しばらく進んでいくと、数メートル先の木の脇で何かが動いているのが見えて立ち止まった。

そこから何やら鈍い音が聞こえてくる。

「なんだ?」

回り込んで木の向こう側を覗く。

そこには白い装束のようなものを身にまとった女が立っていた。

髪を振り乱し、鈍い音を立てながら何かを木に打ち付けている。

(なんだあの女。やばい。見つかったら殺される……)

咄嗟にそう感じ、女には決して気づかれぬようその場を離れようとした。

ところが酒を飲んでいたということもあり、足がもつれてその場に転んでしまった。

女は佐藤さんに気がつき、右手に金づちを振り上げた姿でこちらをじっと見ている。

「うあああッ!」

立ち上がると、木々に覆われた参道を夢中で走り出した。

振り向くと、女は走って追いかけて来た。

「なんだよ!来るな!俺は関係ないだろ!」

叫びながら走り続けた。

「ふざけんな。ついて来るな!」

やがて女を振りきると近くの公衆トイレに入り、鍵をかけて呼吸を整えた。

恐怖のあまり酔いはすっかり覚めていた。

さすがにもう追ってくることはないだろう。

そこで座り込むと気が緩んだのか、いつの間にか眠ってしまった。

気がつくとあたりは明るくなりはじめていて、スズメの鳴き声が聞こえている。

始発電車も動きだしたようで電車の走行音もある。

「もう朝か。なんで俺こんなところにいるんだろう。ああ、変な夢を見たんだった」

トイレの扉を開けようとした。ところが扉は開かない。そのとき頭上から、

「ふふふ……」

見上げると、トイレの扉の上から白装束の女が見下ろして笑っていた。

「あの後、どうやって帰ったかわからないんです。今もあの女がついてくるからひとりになれなくて。外出するときはいつも彼女についてきてもらっているんですよ。紹介しますね、俺の彼女です」

そう言って佐藤さんが指さす方向には誰もいない。見えない誰かに向かって「俺の先輩。ふふふ……」と笑っていたという。

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