猿と林檎(東京都葛飾区) | コワイハナシ47

猿と林檎(東京都葛飾区)

将来はバンドで生計を立てようと夢見て東京に出てきた徹さんは、東京下町の亀有のアパートで暮らしはじめた。

田舎の家族には「俺は必ずスターになる」と言いきって出てきたものの、なんのあてもなく、バイト生活で借りられる物件は安いアパートしかなかった。

築五十年以上の古い木造建てで、今にも崩れそうな状態だ。

玄関は共同で、ガタガタと音の鳴る扉を開けると下駄箱が設置してあり、そこで靴を脱いであがる。

徹さんの部屋は一階の一番奥、すべての部屋は引き戸になっている。

トイレも共同だ。

お風呂はないので三日に一度、近くの銭湯まで通っている。

このボロアパートに住みはじめてすぐに徹さんは違和感を覚えていた。

それは日中でも夜でもそうなのだが、目には見えない不思議な気配のようなものを感じるのだ。

バンド活動のないときには配送屋でアルバイトをしており、日中は部屋を空けることが多くよかったのだが、夜になるとなぜか不安な気持ちになるのでバンドのメンバーやバイト先の友人を呼んで毎日誰かしらに泊まりに来てもらうようにしていた。

ある晩のこと。

この日は泊まりに来る友人もなく久しぶりにひとりで眠ることになった。

バイトの疲れもあり帰宅してすぐに布団にもぐり込む。

真夜中の一時ごろだった。

布団に入ってからすぐに異変に気がついた。

カタカタ、カタカタと、暗い部屋の中で物音が聞こえてきた。

(なんだ?)

まだ眠りについていなかった徹さんは聞き耳を立てる。

カタカタ、カタカタと、やはり音が聞こえる。

(やばい。なんだ?)

そっと布団をめくり物音を立てないように起き上がった。

見ると、扉の開いた冷蔵庫の前に、黒い影のようなものがある。背格好から推測すると、どうやらこどものようだ。

しかしこのアパートにはこどもの住人はいない。ましてやこんな夜中に人の部屋に入ってくるこどもがいるはずもない。

そのこどもは冷蔵庫の庫内灯の明かりの手前で、両手で何かをむさぼり食べている。

「ひいっ!」

あまりの光景に思わず声を上げた。

するとこどもは動きを止め、ゆっくりとこちらへ振り向いた。

それは人間のこどもではなく、痩せた猿だった。

猿は、徹さんがアルバイト先からもらって冷蔵庫に入れてあったリンゴを両手で掴み、口もとでびしゃびしゃ音を立てながら噛んでいる。

しわくちゃの顔に黄色い目でこちらを見つめ、喉の奥から「ウウ……」とうめいた。

徹さんは「わあああッ!」と大声を出しながら、すぐに電気を点けた。

ところが不思議なことに電気を点けてみると、そこには猿の姿はなかった。

戸もしっかりと閉まっているが、冷蔵庫の扉が開いていた。

その前には食べ散らかしたリンゴの残骸だけがあった。

「あれは人間じゃなかったことだけは確かです。猿……のような、何かでした。でも猿とも言いきれないんですよね。飢えた人間があんな姿になっちゃったんじゃないかって今はそう思ってます」

徹さんは住みはじめてから気がついたそうなのだが、このアパートの裏手には巨大な墓地があり、彼の部屋の横あたりには無縁仏の塚があったそうだ。

墓地はコンクリート塀に囲まれており周りからはまったく見えなかったので気がつかなかったという。

ただ安いという理由でアパートを借りたことをひどく後悔し、そのあと直ぐにここを立ち退いた。

現在はバンドではなく、地元に帰って配送屋となり、まじめに働いているそうだ。

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