【長編】99話 最後の夜(兵庫県) | コワイハナシ47

【長編】99話 最後の夜(兵庫県)

ロケハン

私は大阪にある芸術大学で映像を学んだ。

四年になると、卒業論文に替えて映像作品を提出する。

監督となった私は制作をはじめる前からそのロケ地を、私の故郷と決めていた。

兵庫県北部に位置する、但馬と呼ばれる山々に囲まれた田舎町だった。

この地を舞台にして、モノクロームの十六ミリフィルムで昭和四十年代の夏を撮りたいと思っていたのだ。

木原は原作を担当して〝神隠し〟をテーマとしたドラマを考えた。

ワダは制作、カトウは脚本、ウメツジは撮影をそれぞれ担当することになった。

一九八一年十二月、私は木原、ワダ、カトウ、ウメツジという四人の同期と共に雪の積もる故郷に帰った。来年敢行する卒業制作のロケーションハンティング、というより作業前にどうしても現地を見てもらいたかったのだ。

その夜、みんなは私の実家に泊まった。

数年前に祖父も祖母も亡くなっている。

母はその祖父の部屋に布団を五組並べてくれた。

その夜のことだ。うううっ。誰かの呻き声に目が覚めた。

私だけではない。暗闇の中、全員が起き上がった。

見ると、私の隣のウメツジだけが、目を開いて仰向けに寝たまま呻いている。

腹でも痛いのかと声をかけると、突然両手を上げ、宙をかきまわしはじめた。

電灯の紐を捜していると思って、ウメツジの手の先にある電灯の紐を引いた。

パッと部屋が明るくなり、ウメツジがむっくり起き上がった。

荒い息すら白い部屋の中で、顔から汗をボタボタ流している。

どうした?大丈夫か?とみんなが口々に聞く。

「誰か、俺の腹の上に乗ってた……」

その言葉に、みんな一瞬顔を見合わせた。

「おいおい、いちびんなよ」とワダとカトウが言った。

「違う、俺、寝てるどころやなかったから意識ははっきりしてたって。声が出えへんかったんや。間違いなく俺の上に人が座っとった。人や。黒い影もずっと見えたし、その重みもちゃんとあった」

ウメツジは必死に弁明する。

「そうかそうか、はいはい」

みんなはウメツジの言うことを無視し、電灯を消して再び横になった。

しかし、私の見たウメツジは確かに目を開いていて、寝てなどいなかった。

これが発端だった。

神社の石段 その一

一九八二年、八月。

撮影が始まる。

我々五人の他に、手伝ってくれるスタッフや出演者たち、撮影チームは多い時で総勢三十人近い大所帯になった。

これほどの人数ともなると私の家に泊まるのは不可能だ。地元の人がコミセンと呼んでいるコミュニティセンター(いわば公民館)を借りきって、そこを宿泊所とした。

初日、メインスタッフだけで翌朝撮影に使う予定のH神社に行った。

作品冒頭の「神隠し」のシーンを撮る重要なロケ場所だった。ロケはこのH神社の奥にある稲荷いなりの祠ほこらへと続く長い石段で行うと決めていた。

そこは朱塗りの鳥居が延々と続いて、その周りを鎮守の森が取り巻いている。

「神隠し」の幻想的な絵づくりにふさわしいと思っていた。予定では、霧の立ちこめる森の上から、白い布がふわふわと空から落ちてきて人を消す、というシーンを撮影する予定だった。

境内に入ってみると、神社の周りの木が一本残らず切り倒されている。

切り株だらけで丸坊主の斜面の中に社がある。

森がなくなって、夏の強い日射しがあたり一面に降り注いでいる。

ここは鎮守の森だ。おそらく神社の創建時からずっとあったものだろう。それが、撮影の直前になってきれいになくなっている。

「そんなアホな!」

帰って父に聞いてみると、「なんや知らんが町の総代さんが決めはってな。三日ほど前、町のモンが総出で切り倒したんや」と言う。

「なんで?」

誰に聞いても、「さあ、なんでやろ」としか答えてくれない。

総代に直接聞いてですら、切った方がいいからと言うだけで要領を得ない。

結局、鎮守の森をすべて切り倒さなければならないはっきりとした理由は、誰に聞いてもわからなかった。

撮影しなければ作品は完成しない。手分けして別の候補地を探した結果、H神社のある山の反対側のA神社にも立派な石段があることがわかった。

神社の石段 その二

夜明け前。といってもまだ夜といった方が似合うほど暗く、空には星が見えた。

山の斜面ということと、西に面していることもあって、あたりは夜空より暗く、山と空の境界がはっきりと見えた。

その闇の中、十数人のスタッフがA神社の石段の両脇に隠れていた。

石段の両側は杉の森。

およそ二時間ほどかけてこの杉の枝から枝へと天蚕糸(テグス)を通し、白い布の四つの端にくくりつける作業を行い、撮影の準備を整えた。

スタートの掛け声で決められた順番に天蚕糸を切ると、石段を上る役者にふわふわと白い布が落ちていくという仕掛けだ。

残りのスタッフも、石段の脇に隠れてスモークの用意をしている。

霧を作り出すためだ。

もちろん、消防署には許可もとっている。

準備ができた。スモークの指示。

準備中一度も風が吹かなかったため、ここまで順調に進んだ。

三分ほどすると、スモークが広がりきって、いい具合に霧が石段を隠した。

京都の某小劇団の看板女優のU子さんが、石段の下に立った。

「天蚕糸、OK?カメラ、OK?よおい、スタート!」

十六ミリカメラが回りはじめ、カチンコが鳴った瞬間だった。

突風が、まるで石段を駆け上るかのようにまっすぐに吹き上げた。

その風が、スモークの霧も布も石段の上へと吹き飛ばしていく。

「カット、カット、あかんやり直し」

また、同じ作業を繰り返した。

二度目ともなるとみんな手て馴なれて早くはなったが、何より作業中、そよとも風が吹かなかったことが幸いした。それでも一時間を消費してしまった。

スモークが再び石段を包み、U子さんが石段を上りだす。

「よおい、スタート!」

カチン。途端にビュッと前回と同じ突風が吹き上がる。

これが、四度続いた。

準備をしている時はまったくの無風だった。しかしカチンコが鳴ると同時に、突風がほとんど石段だけを吹き抜ける。方向も強さもまったく同じ風だった。

神社での神隠しの撮影が良くないのでは?とスタッフが気味悪がりはじめた。

いくら西側の斜面とはいえ、十一時近くになるともう早朝の場面を作り出すのは無理だ。

石段での撮影は中止になった。

この日、石段の上にある神社での撮影は、本番に限ってカラスが鳴いたり、無人の社の中から床板が大きくきしむ音がしたり、録音機器が勝手に速度を変えたりと、何らかのトラブルがまとわりつき、結局一カットも撮ることができなかった。

のぞき

その夜のことである。

私と木原、カトウ、ワダの四人は、実家の祖母の部屋にいた。

コミセンには風ふ呂ろがない。田舎のことで銭湯もない。それで実家の風呂を使うことになり、順番を待っていたのだ。

この時、記録を担当していた女子大生のカゲヤマさんが風呂に入っていた。

私の実家はかなり大きな造りで、当時両親は新聞配達店を経営していた。朝が異常に早く慌ただしかったため、祖父母とは同じ家の中でも別々の生活が営まれていた。そのために風呂場もトイレもふたつあった。

そのひとつを撮影スタッフに開放した。亡き祖父、祖母が使っていた風呂場だ。

「何すんの、ボケエ!」と突然、ものすごい怒鳴り声が風呂場から響いてきた。

なんや?どうしたんやカゲヤマちゃん?と順番待ちをしていたみんながその声に驚いた。

ちょうどその時、母がお茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。母もその声を聞いて、何言うてんのやろ、あの子、と首をかしげた。

しばらくして、カゲヤマさんが風呂から上がってくると、私たちの前に仁王立ちになった。

彼女は部屋を見回すとカトウを指さして、「あんた、今、私が風呂に入ってんの、のぞいてたでしょ」と怖い顔をする。

「えっ、俺、知らんよ」

「うそ、あんたや」

「カトウは俺らとずっとここにおったで」と私は弁護するが、「いや、のぞいてた、絶対や」と収まらない。

母も見かねて、「ほんまにカトウさん、ここにいたよ。いったい何があったの?」と助け舟を出してくれた。

湯舟につかっていて、ふと気がつくと、誰かが脱衣所のすりガラスに顔を張りつけている。

それで怒鳴ったのだという。

するとその姿はガラスから離れていなくなった。

その犯人は、脱衣所から腰をかがめてのぞいていたようで、身体も小さかった。

だから四人いる中で、一番身体の小さいカトウを疑ったというのだ。

彼女の怒りもわかるが、カトウは確かに我々と祖母の部屋にいた。

しかしそれでは、犯人は誰もいないということになる。

「気のせいやって」と母は諫めたが、彼女の怒りはまったく収まらなかった。

旧家

私の実家から車で四十分ほど奥に入ると、Aという集落がある。

そこには十数軒ほどの家が残っているが、過疎化が進んで今はほとんどが空き家になっている。

その家のひとつに立派な旧家があった。昔、地元の校長先生が住んでいたのだという。今は無人となったこの家を町が管理していた。

藁葺きの屋根、雨戸のある縁側、広い三和土たたきのある玄関、囲炉裏のある客間、長年の煮炊きで煤すすけた天井、台所の竈かまどまでが残っている。いくら田舎とはいえ、もうこんな造りの家はあまりない。貴重な映像が撮れる。

その家の奥に、離れの土蔵があった。

母屋とは廊下でつながっていたが、家の大きさからいって不釣り合いなほどの大きさだった。その扉には鎖が何重にも通してあり、大きな鉄の鍵かぎや南京錠が八つもかかっている。

いかにも不自然に思えるほど仰々しい。

鍵を渡してくれた管理人は、「どこをどう使うてもろてもええですが、この蔵にだけは入ったりのぞいたりせんとってください」と言い残して帰って行った。

入るな、はわかるが、〝のぞくな〟というのは何だろう。

しかし、のぞくなと言われればのぞきたくなるのが人情というもの。しかし隙間ひとつない土の壁で、中をのぞくどころではなかった。

この日の撮影は雨のシーンのために数本のホースから水を出し、エキストラも大勢使う、大掛かりなものだった。

撮影のさなか録音担当が私にこっそり、三味線の音が聞こえると耳打ちする。

「三味線?」

なるほど再生される音に三味線の音が入っている……。いや、音ではない。ちゃんと曲を弾いている。

みんなには内緒にしておいてくれ、撮影が止まるかもしれんから、と担当者に念を押した。

ところがそれは意味がなかった。みんなも時々聞こえてくるこの音に気がついていた。ただ撮影がハードでそれどころではなかっただけだった。

夕方、撮影が終わる頃には聞こえなくなっていた。

木原はこの三味線の音を放っておけなかったらしく、撤収の時に「あの土蔵から聞こえていた」と教えてくれた。

彼も最初から曲だと気づいていたという。

「音だけならなんとでも言えるが、曲となると人がからむからなあ」と呟いた。

なんかヘン

私の実家でも撮影は行った。

その準備中、女優のU子さんが私の耳みみ許もとでこう言った。

「監督さんの家、なんかヘン」

「えっ、何が?」

「トイレに、誰かいるよ」

まあ、気にはしなかった。

長年私が住んでいた家だ。四年前まで住んでいたが、変わったことなど一度もなかったし、あるわけがない。

ある夜のこと。

八人のスタッフが、二階の私の部屋にいた。

私はトイレに行きたくなって、階段を下りてドアを開けようとした。しかし中から鍵がかかっていて開かなかった。

誰か入っている。

家のトイレをノックするという習慣がなかったものだから、申し訳ないことをしたと思いながらトイレが空くまでの間、居間に入った。父と母がテレビを見ていたので、今日の撮影の話をしながら、そこから見えるトイレのドアをちらちら見ていた。

ところがいつまでたっても誰も出てこない。

ハッと思って、あわてて二階の部屋に戻った。

全員いる。

誰か、トイレ入らんかったか?と聞くと、そりゃお前やろと笑われた。

もともとみんなこの部屋にいたし、両親も居間にいた。

じゃあ、トイレにいるのは誰だ?

もう一度、階段を下りてトイレをノックしたが返答がない。

それではと、ドアに手を掛けたが、やはり開かない。

何度引いてもガタガタと音をたてるだけで、開かなかった。

母が音を聞きつけて、「さっきから何やってんの?」とやって来た。

鍵が中からかかっていて開かないと話すと、笑いながら、「鍵壊れてんのにか?」と言う。

そうだ。このトイレのフック式の鍵は壊れていた。だから中から手でドアを引っ張って用をたさなければならなかったのだ。

普段は父母のふたり暮らしだからそのままにしてあるのだった。

もう一度、ドアに手を掛けると、今度は簡単に開いた。

やっぱり鍵は壊れたままだった。

母は、ほらという顔をして居間に戻っていった。

この時、U子さんの言葉が頭をよぎった。

「監督さんの家なんかヘン。トイレに誰かいるよ」

U子さんだけではなかった。木原をはじめ他の何人かが同じことを言った。

ノックしても返事がないのに、ドアが開かない。

帰ろうとして振り返ると、いつの間にかドアが全開になっている。

夜は特に怖かったという。

オレンジ色の光

ある夜、木原、ワダ、カトウ、ウメツジのメインスタッフが打ち合わせで遅くなったため祖父の部屋で寝た。

この時、私だけは二階の自分の部屋で寝ていた。

朝、木原からこんな話を聞かされた。

明け方ふっと目が覚めた。目が覚めるとすぐにパッとオレンジ色の光が天井を明るく染めた。

その明かりで柱の時計が見える。早朝の四時ちょうど。

妙だと思った。隣の祖母の部屋の光が欄間を通して天井に漏れている。蛍光灯の豆電球の光のように思えたが、それにしては明るい。

それに部屋を隔てている四枚の襖ふすまの隙間からも光が漏れているが、どの隙間からも同じように、それも上から下まで同じ明るさの光が漏れている。

どうして全部の光が同じなのかなぁと思ったが、昼間の疲れからそのまま寝てしまったという。

すると他の三人も同じことを言ってきた。

カトウは目が覚めると、四時十五分。電灯が消えているのに妙に明るい。見るとオレンジ色の光が隣の部屋から漏れている。カトウは、気になったのでそれを消そうとしたらしい。起き上がろうとすると、スーッとオレンジ色の光が暗くなった。

電灯が消えたというより、まるで光が遠のいたという感じだったという。

ウメツジがそれを見たのは四時三十分。やはりオレンジ色の光が隣から漏れていたという。不思議なことに、三人とも起きてすぐ時計を見ている。きっちり十五分おきに起きている。ウメツジはそのまま睡魔に襲われて眠ってしまったという。

ワダが目を覚ましたのは五時だったという。

オレンジ色の光がやはり隣から漏れていた。誰かが隣にいるのだろうと思って見に行こうとしたら、ふわっと消えた。

「電灯が消えたんやない。確かに遠のいた感じやった」と言う。

三人は奇妙にも思わず、父や母が隣の部屋に入って明かりをつけたと思っていたようだった。しかし父も母も祖母の部屋にだけはめったに入らないことを、私は知っていた。

台所の音

翌晩、昨日の明かりが気になって、私もみんなと祖父の部屋に寝てみることにした。

あの冬のロケハン以来、久し振りに五人が枕を並べた。

「そういやウメツジが、誰かが腹に乗ってる言うてうなされたんやったなあ」と誰かが言ったきり黙った。

みんな連日の徹夜に近い撮影に疲れていたのだ。

電灯を消してものの数分もたたないうちに、音に起こされた。

みんな同時に起き上がった。

田舎のこともあって、虫の声以外の音はほとんど聞こえないから、小さな音でも気になるのだ。

タン、タン、ターン、ターン、パァーン、パァーン……。

音は部屋中に響いている。

水道の水が漏れてるな、と木原が言った。

確かに、まるで水滴が裏返した金かな盥だらいに落ちて反響しているような音だ。

風ふ呂ろだ!そう言ってワダが部屋の電灯を点つけた。

タァーン、タァーン……。

その音の響きが大きくなる。次第にエコーがかかっていくように聞こえる。

襖を開け、風呂場に駆けこんで電灯を点けた。

しんとした風呂場。もちろん誰もいない。

水道のカランはしっかり閉じている。金盥もなければ、どこも濡ぬれていない。

首をひねっているうちに、静かになっていることに気がついた。

「あれ?音、いつ止まったんや?」

そういえば、今まで聞こえていたあの音は?

確かにみんな聞いていた。その音で、撮影で疲れて熟睡しているはずの男たちが、一斉に目を覚ましたのだ。

「今度何かあったら、サッとこの襖、開けるんやぞ」

ワダが言った。

頷うなずいてみんな布団に入り、電灯を消した。

それから一分もたっていない。

ガラガラガラ、ガッシャーン。

台所でものすごい音がした。

わっと、全員が飛び起きた。

鍋や食器などが一斉に床に落ちた音だ。

全員の体が勝手に動いて、襖を開けて台所に入った。

何も落ちていない。無人の台所は何ごともなかったかのようにシーンとしている。

おかしい。何も落ちてへん、と私が振り返ると、うしろに誰もいない。

木原や他の仲間は、台所脇の勝手口を開けて外の路地を見ている。

「誰もおらんな」

「でも音したよな」

「お前ら、何してんねん、こっちにこんかいや!食器とか鍋がガラガラと床に落ちる音やないか!」

私がそう言うと、木原たちは「えっ?」という顔をする。

「違うやろ、下げ駄たの音やないかなぁ?」と木原が言う。

他のみんなが木原の方を見て頷いている。

ガラガラと物が落ちる音を聞いたのは、私だけだったらしい。

他のみんなは別の音を聞いていたという。

カラコロ、カラコロと路地から下駄の音が近づいてきて、それが台所の土間に入った。

カタッ、カタッ。

下駄の音は上がり框かまちのところでそろえるようにして止まり、スッと衣きぬ擦れの音が家に上がった。

誰かが入ってきた!

その音で、みんな一斉に起き上がって台所の襖を開けたのだという。

最後の夜 その一

約一週間にわたった撮影も無事終了した。

大勢いたメンバーもほとんどが大阪へ帰った。

木原、カトウ、ウメツジ、記録係のカゲヤマさん、役者のIさんだけが最後の夜を私の家で過ごした。

Iさんには祖父の八畳間に寝てもらい、木原、カトウ、ウメツジの三人は、襖ふすま四枚で隔てた隣の六畳間に寝てもらった。亡き祖母が生活していた部屋だ。

朝、洗面所でカトウと会った。

おはよう、と声をかけると、振り向いたその顔は蒼あおざめているように見える。心なしか震えてもいる。

「やっぱりお前の家、ほんまに何かおるわ」

その夜は三人で布団を並べて寝ていた。

真夜中、カトウはキーンとものすごい耳鳴りで目が覚めた。いやこれだけうるさいのだから耳鳴りじゃない、と耳を塞ごうとしたが、手が動かない。

手どころか体がまったく動かない。木原やウメツジの名を叫ぼうとしたが、声も出ない。すると、耳鳴りの奥からバタバタバタという音がしはじめた。

すぐ側の廊下を人が小走りしている、そんな音だ。その振動や気配を感じる。それが近づいてきては遠ざかるを何度も繰り返す。

その気配が部屋の前でピタッと止まったかと思うと、すっと立ち上がった。

ここに来る!

そう思った途端、気配が部屋の中に移った。それがゆっくりしゃがんだと思うと、バタバタバタと、さっきの音がまっすぐそばに来た。

「あっ、踏まれる」

そう思った瞬間、グッ、グッとお腹を踏まれた。そしてバタバタバタと反対方向へと遠ざかった。と、押し入れの前でくるりと向きをかえ、またこっちに近づいて来る。

「あ、また、踏まれる!」

グッ、グッ、バタバタバタ……。

五回ほどそれを繰り返されて、怖さに耐えられなくなった。

わっ!

叫べたと同時に身体が自由になった。

起き上がると全身が汗でびっしょり濡れている。ふと横を見ると、隣の木原はぐっすり寝ている。その向こうでウメツジも、上半身を起こして、はあはあと肩で息をしている。

ウメツジがカトウを見て言った。

「俺、今、金縛りにおうてた」

「えっ、お前も?実は俺もや」

疲れてるんや、そう互いに言い聞かせて、また布団に入った。

横になった瞬間、身体が固まった。

部屋の端に誰か立っている。

それがゆっくりとしゃがんだかと思うと、またあの小走りする音がはじまった。

バタバタバタと、どんどん近づいてくる。

来る来る、踏まれる。

グッ、グッ、バタバタバタ。

また五回続いた。起きると同時にウメツジも起き上がった。

この家には怖い何かがいる、と思ったのはこの時だという。

「ウメツジ、すまんけどお前の布団に入れてくれんか?」と言うとウメツジも同じ思いだったらしく頷いた。

二十歳を過ぎた男ふたり、ひとつの布団に寝た。

朝起きると、空になったカトウの布団の上に、まん中で寝ていた木原の枕元にあったはずの扇風機が倒れていた。

「お前の家、いったい何がおるんや?」

そう言われても、言葉も出ない。

長年住んでいた実家だ。怪しい者などいるはずがない。

母が朝食の用意をしてくれていた。

その母に何気なくカトウとウメツジの話を聞かせた。

するとにっこり笑って、「ああ、それおばあちゃんが拭ふき掃除してはるんや」と言った。

おばあちゃんか!

私の祖母は異常なほどの潔癖性だった。

自分の部屋に塵ちりひとつ落ちていることが許せない。だからいつも掃除をしていたという記憶がある。

母が洗濯物をたくさん持って部屋に入らなければならない時など、祖母は廊下から簞笥までの畳の上に新聞紙を並べて、その上を歩かせた。三十年ぐらいの間にそれでも二、三度しか部屋には入れてもらえなかったという。

自分以外は絶対部屋へは入れない。唯一の例外が孫で長男の私だけだった。妹ですらおばあちゃんが死ぬまで、部屋には入れてもらえなかったのだ。

撮影で使った部屋は祖父の八畳間。使用しない機材や山ほど出るゴミは全部隣の祖母の部屋に放りこんでいた。

もし祖母が生きていたなら、とても想像ができない状況だった。

最後の夜、祖母は一生懸命雑巾掛けをしていたのだろう。

お前ら、いいかげんに出て行け、と訴えていたのだと思える。

カゲヤマさんの風ふ呂ろをのぞいたという人物も、祖母ではないか。

祖母は腰の曲がった小さな人だった。

のぞいていたように思われたが、その姿のままですりガラスの前に立てば、かがんでのぞき見するように映ったはずだ。

オレンジ色の光も、朝食の用意のために朝早く起きた祖母だろう。

昔は、裸電球がぶら下がっていた。

また、元気な頃は暗いうちから近くの川へ洗濯にいくのも祖母の日課だった。祖母はほぼ和服で生活していた。もちろん外へ出るのは下駄履きだ。

みんなが聞いた早朝の下駄の音とは、それだろう。

ただ、私だけ下駄ではない音が聞こえたのは、孫の前には出たくないという祖母の気持ちだったような気がする。

考えてみれば、撮影期間はお盆に重なっていた。

おばあちゃんが見守っていてくれていた。そんな感じがした。

その日の夜、始発でひと足先に帰っていた木原に、電話ですべてを話した。

朝、起きたら、カトウとウメツジがひとつの布団で寝てるから、おかしいと思とったが、まさかそんなことがあったとは、と驚きを隠さない。

しかし、と木原は続けて、「帰る時、扇風機は俺の布団の頭の上にあったぞ」と言う。

実は、こんな話が異常なほど好きな木原への報告の意味もあったが、ぜひとも聞きたい謎もあったのだ。

両端に寝ていたカトウとウメツジが散々踏みつけられたのに、なぜコイツだけがまん中でぐっすりと寝ていられたのか、その理由がわからなかった。

木原は、それは簡単だと言った。

撮影で部屋が汚れるのが申し訳ないと思っていたので、時間がある時に何度か祖母が生前愛用していた鏡台に向かって、手を合わせて詫びていたのだという。

木原は生前の祖母のことは知らなかった。しかし部屋には緊張を感じるほど必要なもの以外何もなく、畳の日焼けが少なかった。だからこの部屋は汚すわけにはいかないと思ったのだという。

最後の夜 その二

木原との電話を終えたそのあと、撮影を手伝ってくれた地元の友人たちを招いて、祖父の部屋でささやかな打ち上げの宴席をもうけた。

幼なじみが祖母の部屋の前で立ち止まり「あれ?」と妙な声を出して、首をひねりながら入ってきた。

久しぶりだと思いながら玄関の前に立つと、中の灯りがぱっとついた。

誰か玄関の引き戸を開けて出迎えてくれるものと思って待っていたが、誰も出てきてくれないので、自分で開けた途端ぱっと電灯が消えた。

消すにしても誰かいるはずなのに、玄関のスイッチのところには誰もいない。

おかしいな?と思って見上げると、電球そのものが外してあって、ソケットしかなかった。

不思議に思ったが、みんなの盛り上がる声が聞こえたのであわてて廊下を進むと、手前の部屋がここより明るく見えた。中をのぞくと、積み上げた布団の上におばあさんがにこにこ笑って正座していた。

その布団は、木原、カトウ、ウメツジの三人が寝ていた布団を重ねて置いたものだった。

「あれ?おばあちゃん」と声をかけようかと思ったら、祖母がぱっと消えて部屋は暗くなったという。

この幼なじみは、小さい頃私と共に祖母からとても可愛がられていた。

灯りって何色やった?と私が尋ねると、玄関も部屋もオレンジ色だったと答えた。

それが最後だった。

祖母が現れた翌日。

撮り残しのロングの風景カットを撮ろうと、カメラマンのウメツジと記録係のカゲヤマさんと共に、地元の友人フジモトのスカイラインに乗って、見晴らしのいい場所を捜し求めて山道を走り回った。

その時舗装されていない細い山道を見つけたので、車で入ってみることにした。

登っていくと道の端にドラム缶が置いてある。

それには白いペンキで〝あと30メートル〟とあった。

……。

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