パラグライダー (栃木県宇都宮市) | コワイハナシ47

パラグライダー (栃木県宇都宮市)

その昔、宇都宮に住んでいた幸樹さん(仮名)のご体験。

同市内の職場仲間のKから、度々耳に挟んでいた某SNSの招待メールが送られてきた。これまで幸樹さんはSNSにあまり興味を持てなかったが、その某SNSは招待制という希少性も感じられたし、幸樹さんのこれまでの学生時代のいじめられた経験などの尺度で考えるとその招待は幸樹さんにとってはとても稀でありがたい温情に感じられ、登録をしてみた。

そのSNS上でのKの繋がりには、幸樹さんが職場で密かに心寄せていた女性Wさんがいた。他にも同じ職場の人たちが参加しており、主に職場を中心とした輪だった。人との距離感の縮め方に不器用だった幸樹さんにとって、SNSを通じて人と繋がる事すらも勇気のいる事で、暫くはK以外とは繋がりが出来ず、傍観をしていた。

しかし職場でも某SNSの話になる事があったので、その弾みで何人かと繋がれた。

その人たちの日記が更新されると今まで知らなかった趣味や内面を見る事が出来て、何だかとても楽しくなってきた。というか、それまでこんなに人と繋がった事はないかもしれないとすら思った。

幸樹さんも日記を付け始め、趣味を少しずつ露わにしてみた。

アニメや模型や昔のゲームが好きだったので、それらの事を日記に書いたり同じ趣味のコミュニティに入り、初めてネット上の知人が出来て知らないうちに自身が笑顔になってる事に気付いた。ここ十年くらいは無表情で生きてきた気がする……。

幸樹さんにとって、そのSNSは潤いそのものとなった。

心寄せていたWさんとも、SNSで繋がってみたい……しかし同じ職場とは言え、殆ど話した事もなく、女性と話す事すら苦手だった幸樹さんはモヤモヤした日々を送った。

ある日、Kのプロフィール写真が顔写真、いわゆる自撮り写真になっていた。

実際より随分綺麗に写って見えたが、確かにKは良い顔立ちをしている。職場でも女性社員たちから「Kさんアイコンの写真凄くいい!」などと褒められており、その女性の中にはWさんもいて何だか色々な方面の歯痒い思いを感じていた。

幸樹さんにとっては顔写真を表立って人に見せる事があざとい行為に思えたのと同時にそれを褒められるという事が羨ましくも感じた。

何よりWさんがKを好いて見えてもどかしかった……。

そんな思いを抱えながらも模型写真やゲームの趣味を綴り共有する事に傾倒し、それはそれで楽しい毎日だった。

そしてある日、ふと思った。こんなに楽しい毎日のおかげで自然と笑顔にもなる自分の顔も少しは魅力的にはなったのではないか。親にも女性との交際を催促されるし、色気というほどでないが、意識してみようと思った。鏡を見て笑顔を作ってみたり、ネットで美容について調べて化粧水などを買って顔に塗ってみたりした。そしてこれもまた生まれて初めての事だが、自撮りをしてみた。しかし何枚撮ってもかっこよくは撮れない。Kと比べてしまう。フォルダに出来上がった不自然な笑顔の何枚もの自分の写真は、不気味にすら感じられた。

自分はこれまで笑顔でいた期間が少なすぎたからだとも考え、休日には鏡の前で何十分も笑顔を作ってみたりした。俺は一体何をやっているんだと考えつつも、続けた。

すると、自撮り写真をアップするには至ってなかったが、職場の知人に「最近幸樹さん変わりましたよね。正直、暗い印象だったのが、なんだか輝いて見えます」と言われ「そんな事ないですよ」などと謙遜しつつも、この上なく嬉しかった。こうやって人生を作っていくんだなとすら感じた。そしてその日の帰宅後、疲れていたにもかかわらず自宅で自分の写真を何枚か撮り、光を強く当ててみるなど工夫をして「これならいける」と思える写真を初めてSNSのプロフィール画像に設定してみた。日記にも初めて自撮りをしてみたなどと書き、何かコメントがつかないか待ち遠しく寝付けないほどだった。

職場でも人から何か言ってもらえないか期待をしたが、残念ながらSNSでも現実でもその事について誰かが何かを言ってくれる事はなく、ゆっくりと心が沈んでいく気がした。

ある日、仕事の出先で遅い時間となってしまった時の事だった。会社の事務所に戻ろうとした際、缶コーヒーでも買おうかと休憩所へ向かったところ、女性たちの話し声が聞こえてきた。

「幸樹さんの写真きもいよね」

「私繋がってもないのにたまに〝足跡〟(閲覧の履歴)ついてんの……きもいというかもう、怖いよ」

後者の発言はWさんだった……。

心身共に凍り付いた。視界が砕けて崩れ落ちそうだった。

気付かれぬよう立ち去り、茫然自失の中、事務所でやるべき事を淡々と終わらせ、車に戻ると涙がボロボロ零れた。さっきまでは空腹で仕方なかったのに食欲は失せ、家に帰るも、鏡や化粧水が目に入ると眩暈がした。

SNSなんて退会しよう、そう思って画面を開くとKの投稿が目に入り、それは職場の仲間たちと楽しそうに食事をしている写真だった。

SNSで繋がっているメンバーも殆どいた。

自分は誘われてなどいない……。

……確かに、自分は気持ち悪いのかもしれない。

そうだ、自分は気持ちが悪い存在なのだ……昔から虐げられてきた理由もこれだ。

義理でこの輪に入れてもらえただけ。それで心で繋がれたかというと、ただただ自分の気持ち悪さが他人にも自分にとっても浮き彫りになっただけだったんだ。これはもう変えられない。気持ち悪くてごめんなさい。存在が迷惑なのだ。人に心寄せる事が罪なのだろう。……人知れずこの世を去ろう。

幸樹さんは静かにそう決心すると、ネットで自殺の方法を検索をした。しかし何だかもう色々と面倒になってしまい、シンプルに首吊りをする事にした。

包装などに使っていた紐を束ねて首を括れば逝ける筈だ。飛び降りられるところがあればそれでも良い。遺書の類は何も残さず、紐だけ持ち出し、車を出した。

この世には、自分には「ありがとう」と言う人はいない気がする。

生まれてきてごめんなさい。

今夜、この世から消える。

明日なんてもう見たくない、生まれる前に帰りたい。

いじめにあっても大して相談にものってくれなかった親に、今何か話したい事も言いたい事もない。どうにかしてありついた仕事の事も聞かれた事がない。ただただ尻を叩かれてきた。趣味で繋がったネットの知人だけは心残りだが、会った事もない人たちだ、自分などすぐに忘れられるだろう。

結局はどんなコミュニティに属しても、自分は生涯この程度なのだろう。もう嫌だ。

そう思いながら、行くあてもないがとにかく山の方へ向かった。

どこか良い場所はないか、もっと民家など少ない、どこか……。

知らない道をどんどん進むと入った山を下りてしまったが、もっと全然知らない遠くの自分の知らない景色の良い場所を探し求めていた。

幸樹さんにとって、過去は一切喝采切り捨てたい思いだったのだと思う。

知らない山道に入ると、舗装されてない林道に入った。岩が車に当たったりもしたが、もはや気になどしない。この辺で降りて車を踏み台にして適当な樹で首を吊ろう。

そう考えていると、突然車内に歌が鳴り響いた。ラジオだ……勝手についた……。

流石に驚くも、すぐに消した。岩が当たったので車のどこかがおかしくなったのかもしれない、と深くは考えなかった。

これ以上車で進むのは困難というところまで行き着くと、紐の束を持って車の外に出た。自然に暗闇へ足が進んだ。けっこう高台まで来たのだから、綺麗に飛び降りられるところもあるかもしれない。しかし、喉が渇いたから水くらい持ってくれば良かったな……最後にビールくらい飲みたかったかもしれない。喉の渇きから意識の焦点が少々日常的に寄りつつも、真っ暗の森を進むにつれ、このまま無に帰す事の安堵も覚え始めた。

そして、開けた斜面に出た。高いところだが、飛び降りても転げ回って良くて重傷で苦しむだけかもしれない……。

そんな自分の死の可能性へ向けて模索をしながら、ふと高台からの景色を眺めると、月明りが広がる空に、何かが飛んでいる……鳥などではないように見える。

これは……パラグライダー? こんな時間に?

そう言えば仕事で外に出た時など度々パラグライダーが飛んでるのを見かけて、いつか自分も飛んでみたいなと思っていた。しかし今はもう〇時を過ぎている。こんな深夜にもパラグライダーというものは飛ぶものなのか?

ぽかんと眺めていると、一度はそのパラグライダーの人影が視界から消えそうになるも周り回って幸樹さんの方へやってくる……え、嘘でしょ? などと思っていると、そのパラグライダーと思しき影はどんどん近づいてきて、幸樹さんは林の方へ後退し降りてくるその誰かを見守っていると、やはりパラグライダーがわさっと着地した。……これは、夢か?

ぐしゃぐしゃになったグライダーの帆をモソモソとかき集めながら幸樹さんの元へ一直線に歩いてくる人影。その男は二歩三歩先の距離まで来て、幸樹さんをじっと睨んだ。

月明りでかろうじて分かるその顔は……。

(お、俺に似ている……が、少し違う……)

息をするのも忘れるくらい驚き、まるで時間と共に自分が凍て付いたようだった。

どれくらい顔を向き合わせていたか定かでないが、その男はいきなり手を素早く伸ばしてきて、幸樹さんの持っていた紐の束をばしっと取り上げた。

その瞬間、幸樹さんは足の力が抜け、樹を背にへたり座って意識を失った。

暫くして、酷く咳き込みながら目を覚ました。

下半身に濡れた嫌な感覚……失禁してしまったようだ。咳き込みながら先ほどの事を思い出した。夢だったのか……?

しかし、紐の束を探したが見つからない。少しの間、月を眺めてぼーっとしていた。

自分は何をしてるんだろう、そして何を見たんだろう。そういえば月の位置がそんなに変わってない気がする……携帯は置いてきたので時間が分からない。

体も冷えてるし、温まりたい……自決する気は失せ、一先ず車に戻る事にした。

エンジンをかけ、車を発進させると暫くしてまたラジオが勝手についた。

やはり一瞬あれ? と思いつつも、流れてくる歌や音楽と夜道を走る心地良さに身を委ねた。歌にとても励まされた気がしたが、何故だか歌手も楽曲も覚えていない……。

家に着き、暖かい風呂に入ろうと洗面所へ赴き鏡を見て、ぎょっとした。

首に紐を括ったような痣が付いている……。

あの男は自分が自殺の間際に見た夢なのか?

湯船に浸かり、この日起きた事を色々考えてみたら、なんだか分からないが、すごく可笑しくなってきて、声をあげて笑ってしまった。どんどん可笑しくなってきて、自分でないような気がするくらい、笑った。あいつは何だったんだ。死のうとしていた自分は何だったんだ。そして、涙も溢れてきた。

パラグライダーのあいつは夢なのか、もしかして自分のご先祖様の霊か?

どれだけ考えても着地点がない。そして何がこんなに可笑しく、何に涙しているのか分からない。無意識だろうが、霊だろうが、自分を支える大きな何かを感じ、形容し難い救いである事に感動しかなかった。本当に何が何だか分からないが、ひとつ確かなのは「こんなに気持ちの良い風呂は初めてだ!」という事……。

その後、幸樹さんは職場を離れ、ネットショップなどの自営業に転じ、人生を楽しんでいるという。そして今度、結婚をする女性と一緒にパラグライダーをやるんですよ、と意気揚々と語った。

この体験がたとえ幸樹さんの無意識が生み出した夢や幻覚であったとしても、自害を決心した「意識」に対し「無意識」が送り込んできたメッセージと解釈できる。

筆者はこの意識に歩み寄ってくる無意識からの干渉を「無意識さん」と呼んでいる。

無意識とはつまり自分の幻影なのだ。

それは夜な夜な我々にも見せてくれる夢も無意識さんの仕業に他ならない。スピリチュアルの世界では守護霊やハイヤーセルフと呼ばれる存在なのかもしれないが、その解釈は読者に委ねようと思う。

しかし幸樹さんは、こう考える事もあるそうだ。

「もしかしたら自分はあの時、本当に死んでいて、今いるこの世界が死後の世界なのかもしれない」と。

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