触発(栃木県 大中寺) | コワイハナシ47

触発(栃木県 大中寺)

栃木市の太平山の麓にある曹洞宗のお寺、大中寺。久寿年間一一五四年~一一五五年に真言宗の寺院として建てられたものの、延徳元年(一四八九年)に曹洞宗の寺院となって天正十九年(一五九一年)には年間百石の寺領が与えられ、大正初期までに実に多くの僧修行を行ったと言われている。寺領を与えられると、その地域での米や農作物が納められるのだが、一石とはおおよそ一人が一年間に消費する米の量の事で、寺の取り分は三割から五割程度との事なので、凡そ三十~五十人の僧が賄えたという事になる。当時としては潤沢な環境だったと言えるが、そんな中で悲劇的な話を含む七つの不思議な話が言い伝えられており、栃木の怪談と言ったら真っ先に挙げられるお寺でもある。

この大中寺の七不思議は頂いたご体験とも関係があるかもしれない為、簡素ではあるが一先ずここに綴らせて頂く。

佐竹小次郎という将軍が戦火から逃れて大中寺へ逃げ込んできた時の事。

叔父に当たる当時の大中寺住職に匿ってもらえないかと頼んだものの拒絶され、絶望しこの寺を恨んだ佐竹将軍は「我が魂ここに残り、この寺を何度でも焼き払ってやる」と言い残し、愛馬の頭を井戸に切り落とし、自らも腹を裂いて命を絶ってしまった。

その夫を探しにきた奥方も夫の絶望の自決を知り、寺の離れにある雪隠(せついん、せっちんと読む。便所の古い言い方)で自害してしまった……その雪隠は闇の歴史に蓋をするように、または何かを封印するかのように硬く釘が打ち付けられ、それ以来、開かずの扉となっているとの事。今でもこの雪隠の外観を見る事が出来る。

以来、井戸では馬の頭が目撃されたり、山からの奇妙な拍子木の音が鳴ると寺が火事に見舞われるというのを何度も繰り返し、雪隠付近では女性のような人影が目撃される。

そして、ここからが、お寄せ頂いた体験になるのだが……。

御話を提供してくれたUさんは現在、東京に住む主婦だが、五歳の頃に両親と共に大中寺に訪れた。寺の敷地内に入ると、得体の知れないそわそわした感じに包まれ、落ち着かなくなるも、それを両親に伝える表現方法が分からず、かと言って泣き喚く歳でもない。嫌な気を抱えたまま、成すがままに両親と手を繋いで寺の敷地内を歩いた。すると、どこからともなく動物の鳴き声が聞こえてきた。何の動物かが当時も今も分からない。昔の事なので、声で表現するのも難しいとの事だが、とにかくその動物の鳴き声が気になり、親に「この鳴き声は何?」と聞いてみるも、両親とも聞こえないとの事だった。それでも時たま聞こえてくるその鳴き声が気になって仕方なくなり、両親の手をひっぱり、鳴き声の主を探した。

寺の隅にある、馬の首が斬り落とされたという井戸の辺りの斜面の方向から声が聞こえて来る為、Uさんは親を差し置いて一人でその先へ進んでみると、すぐに急な傾斜で道なき道といった感じであった為、親にも静止されすぐに引き返した。

……が、その斜面から井戸を見下ろすと、井戸のすぐ傍にある雪隠の辺りに、白くぼんやりしたものが見えて、理由は分からないがそれが女性がいる、と思った。

その直後、Uさんは気を失ってしまった……。

すると、夢とも形容し難い感覚に陥り、まるで砂嵐に全身を揉まれるような感覚の中で女性が悲しみにくれる姿や、その感情のようなものが砂嵐のようなものとなってUさんの「肌」から入ってきて、全身が痺れたようになった。「夢とも言い難い感覚」というのは主にこの感覚で、電気でも流されているかのようだったという。そしてUさん自身も悲しくて仕方がなくなり、気が付くと車の中で母親に抱かれて大声で泣きじゃくっていた。

後の両親からの話では「てんかん発作」が発症したのかと思ったそうだが、このような状態になったのはその時だけだったという。

その日は家に帰ってからも夜中に目が覚めて同じ状態になってしまい、泣き喚いた後で嘔吐もしてしまった。

このUさんのご体験……「大中寺の七不思議」と関連がありそうな御話だが、Uさんはこの時、「大中寺の七不思議」の事など一切知らなかったのだ。無意識に聞いた可能性もなくはないが、五歳という年齢で先述した七不思議の話にそこまで感情移入出来るとも思えない。Uさんが中学に上がり、初めて「大中寺の七不思議」の事を知った時は驚きと共に、気を失っていた時の感覚を思い出してしまい、具合が悪くなってしまったという。

……前書きにも書いたが、筆者も小さい頃の憑依と思しき体験時があり、この御話に出てくる「砂嵐のようなもの」も、なんとなく分かる……「何か」が「感情」を携えて、砂嵐のようなものとなって、びりびりという感覚と共に身体から入り込んでくるのだ。異物に身体が反応するかのように、嘔吐感と形容し難い恐怖に包まれる。

筆者もこのような体質の為、この大中寺へ取材に赴くのは少々怖かったのだが、現地では炎天下で苦労をしたものの、怪異的な意味では特に何もなく取材敢行できた。

……が、翌朝。この日はホテルの予約状況を甘く見てしまい、ネットカフェに宿泊したのだが、早朝に目が覚め、再び眠りに就こうとしたところ、「遠隔視状態」に陥った。

これは中学の頃から度々起きる奇妙な現象というか感覚なのだが、目を瞑っているにもかかわらず、肉眼で見てるかのように瞼の裏にどこかの風景や映像が見えるという状態だ。いつもは見知らぬ場所か故郷の仙台が見えている事が多いのだが、この日は同じネットカフェのすぐお隣の「誰もいない部屋」が見えた……その部屋には、奇妙な事に枕飯(故人にお供えをする時の、椀に入った白飯にお箸が立ててあるもの)が、お供えされている。

それが見えた瞬間、吐き気がして、瞬間的に気分が悪くなったと思うと、今度は着物を着た男女が見えた。それが猛吹雪か滝を隔てているような、ノイズを通して映っているような不鮮明さで見えていて、同時に「悲しいけど運命を受け入れる清々しさ」のような感覚が強く込みあげてきて、涙が止まらなくなってしまった。

何かを失い、悲しく思うという事は、比例して幸せなものをこの世で得たのだという痛い実感でもある。ありがたみと悲しみが混在した複雑な感情に包まれながら、目を開けると、視界が自分の部屋に戻った。

もしかしたら、Uさんの体験を脳が加味した上での、単なる「夢」なのかもしれない。これが本当に大中寺の七不思議に纏わる体験かは分からないが、筆者の感覚値で言うと……少なくとも、幼少期の「イハイを持ってこい」と連呼した時に陥ってた感覚と、とても似ていた。何かが憑いてきてしまったのかなとも考えたが、隣の部屋に枕飯が置いてあったという事は、わざわざ隣の部屋に寝泊まりしていたという事だろうか。

そう考えると、泣き顔に笑みがこぼれた。

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