七ツ釜(佐賀県唐津市屋形石) | コワイハナシ47

七ツ釜(佐賀県唐津市屋形石)

国の天然記念物にも指定されている「七ツ釜」は、玄武岩が玄界灘の荒れ狂う波に侵食されて生まれた景勝地である。

その名の通り、断崖には深くえぐられた洞窟が七つあり、七ツ釜周辺を観覧できる観光遊覧船は人気となっている。

しかしながら、こういった断崖絶壁の景勝地には付き物の、「自殺の名所」という不名誉な呼び名も併せ持っており、生ける人にも、これから死にゆく人にも人気の場所、ということだろうか?

さらに、七ツ釜は釣りの名所でもあるのだが、足場が悪いため滑落事故が後を絶たず、何人もの釣り人が命を失っているという。

私は仲間と数人で釣りに行くことがあるが、友達の友達という形で、初対面の方と一緒に釣りをすることも珍しくない。

ある時、長崎県松浦市に属する「黒島」という離島に、仲間を集めて合同釣行したのだが、その時にある先輩が連れてきたのが、先輩の古くからの友人である田中さんだった。彼はメインとしてはメジナを狙う事が多いようだが、ルアー用のロッドもいつも持ち歩いており、気分転換にロックフィッシュやイカを狙ったりもするオールラウンダーだ。

そんな田中さんだが、一度だけ釣行ちょうこうで怖い思いをしたことがあるという。

その日、田中さんが家を出たのは朝四時、外はまだ夜の帳とばりが下りたままだった。

メジナ釣りのタックル一式を、フラットにした後部座席へと積み込み、行き交う車も少ない道路を快適に走っていく。

七ツ釜に着いたのは五時少し前くらいで、まだ太陽は顔を出していない。

駐車場には車も無く、先客はいないようだ。

これならば一番いいポイントに入れると、笑みを浮かべながらタックル一式を担いで、地磯へと向かう。

道中には街灯もなく、頭に付けたライトだけが頼りになるのだが、毎週のように様々な場所で、暗いうちから釣りをしている田中さんにとって暗闇なんて慣れたもので、その日、魚が釣れることだけを思い描きながら、落ち葉を踏みしめて進んで行った。

ようやく地磯が見えてきたところで、何やら人の声のようなものが聞こえてくる。

(あれ? 車は無かったはずやけどな?)

違和感を持ちながら先へと進むと、一級ポイントには釣り人と思わしき男性が立っている。しかし、姿恰好はどう見ても釣り人なのだが、まわりには釣り道具が一切ない。

(様子見だろうか?)

さらに男性へと近づいていくと、その男が何を言っているのか分かった。

お経だ。

D社のジャケットで上下を包んだ男が、一人で真っ暗な海に向かってお経を唱えている。

(気持ち悪い奴やな……)

気味が悪いと思ったそうだが、釣りをしないのなら場所を譲ってもらおうと、男に話しかけた。

「おはようございます。様子を見に来たんですか?」

すると、男はお経を唱えるのをやめてゆっくりと振り返った。

「うわぁー!」

田中さんは男の顔を見た瞬間、叫び声を上げてしまった。

男の顔は白子のように白くぶよぶよと膨張しており、どう見ても土座衛門(水死体)にしか見えない。

「アノ……コ……レヲ……」

後ろから振り絞った声が聞こえたが、田中さんに振り返る余裕はなかった。

必死の思いで駐車場まで戻ってきたときには太陽が昇り始めており、辺りは薄っすらと明るくなっていていた。駐車場の横にある土産屋には明かりが灯っており、中で人が動き回っているのが見える。

一気に現実に引き戻され、先ほど見たのは何かの間違いだったのではないかという考えが頭をよぎる。一度車に荷物を仕舞い、タバコを吸いながらゆっくりと考えてみた。

(普通の釣り人を見間違えたか? いやいや、そんなことはないし……ただの幻か?……)

考えても答えは出てこなかった。

その頃には辺りは完全に明るくなっており、鶏の鳴き声がどこからか聞こえてきた。完全に朝を迎えている。その朝の空気が、田中さんの恐怖心を取り払ってくれた。

(確認しに行くか)

道具を持たずに、先ほどの地磯を目指して歩いていく。

五分ほどで到着するが、人の気配はない。

件の男性が立っていた場所まで行き、キョロキョロとあたりを見回すと、地面にピンオンリールが落ちていた。

(そういえば、あの男は最後に『コレヲ』って言ってたよな? 俺に渡そうとしたのか?)

ピンオンリールのメーカーは、あの男が来ていたジャケットと同じD社だった。

きっと大事にしていたものだろうけど、自分がそれを使うのはどうも躊躇ためらわれたため、田中さんはその足で神社に向かい、神主さんに事情を話してピンオンリールを預けた。

その日はそのまま家に帰り、釣りはしなかったそうだ。

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