電話にでんわ(広島県) | コワイハナシ47

電話にでんわ(広島県)

「デートすると、必ず邪魔が入るんだよね」

伊瀬さんのボヤキを聞いた仲間内が、いの一番に思ったことは「なんて命知らずな」。

彼女は明るく元気で気のいい、気っぷのいい姐御肌の広島人である。

ただ、気が短い。

男ができると、できるだけ本性を伏せておきたいという乙女心が遺憾なく発揮されるためか、その気の短さは若干控え気味になる。

今の彼氏との相性も良いようで、ここ最近は機嫌が良かったはずだが。

「電話掛かってくんの。それも、いいところを狙い澄ましたように」

待ち合わせ場所で「待った?」と声を掛けようとしたその瞬間に携帯電話が鳴る。

取ると切れる。

レストランで食事でもと談笑して、さあ料理が来たぞというところでまた鳴る。

取ると切れる。

気を取り直して、いい雰囲気になってくる。

それじゃホテルでも、という気分が盛りあがってくる。

伊瀬さんがシャワーを浴びている間に鳴り、彼氏がシャワーを浴びている間に鳴り、ベッドに組み伏せられたところでまた鳴る。

取ると切れる。

「というわけでさ、もう冷める冷める。気まずい感じになっちゃって、どうしてくれんのって感じだよ、もう」

誰が掛けてきたのかは分からなかったらしい。

「だって、番号分かんないんだもん」

ああ、非通知?

「違う。着信履歴がなかった」

非通知通話の場合でも着信があれば「非通知」という記録は残る。

何度も着信があったのだからその痕跡は残ってもいいはずだが、何度も呼び出し音が鳴っているにも拘わらず、携帯電話には誰からも掛かってきていないことになっている。

本来、違和感を感じるべきところだが、伊瀬さんはそこは気にしていないようだった。

「出ると、一瞬だけど〈ふっ〉とか聞こえる気がするんだよね。だから誰かが掛けてきてるのは間違いないんだけど」

なるほど〈アンタ達じゃないでしょうね〉と悪友達に確認を取っているわけか。

彼女のプライベートの携帯番号を知っているのはそれこそ身内と友人と彼氏くらいだったはずなので、誰かから番号が漏れたのではないか、と疑っているのだ。

「とにかくね、何か心当たりあったら教えて。犯人見つかったら、ぶん殴りに行くから」

それから程なくして。

熟睡していた伊瀬さんのところに電話があった。

寝付きの悪い彼女は、普段なら就寝中の電話など取らないところを、このときは何故だか彼氏からの電話と思って取ったのだそうだ。

「……はぁい……なぁにぃ……」

寝惚けていてもそこは乙女の猫かぶり。

『ごめん、起こしちゃった?』

「んーん、全然平気」

彼氏とのさほど意味のない甘い会話を重ねているうちに、段々頭が醒めてきた。

そしてそこで不意に気付いた。

……これ、私の彼氏じゃない。

話の内容は他愛ないものだった。イベントや旅行の思い出話とか、前に行った店とか。

だがそれは、今の彼氏との思い出ではない。

声も違う。これは今の彼氏の声ではない。

そこまで来たところで、〈いつもの奴か!〉と気付いて通話を切った。

おのれおのれおのれ。

寝ているところを起こされた恨みというのは、寝付きの悪い人ほど大きいという。

まして、自分の彼氏を騙った奴に彼氏にしか見せない嬌態きょうたいで媚びてしまったのである。

相手がこのところの無言電話攻勢の犯人かと思うと、怒髪天を突く勢いである。

サイレントマナーモードにするなり電源を切るなりして寝直せばよかろうところ、伊瀬さんは知られている限り超高速最大パワーでブチ切れた。

湯を張った風呂桶に携帯電話を叩き込んだのである。

防水仕様の携帯電話であったので故障には至らなかったが、伊瀬さんの気が晴れ……落ちつくまでの間、携帯電話はずっと水没させられていた。

もちろん、こうしたからといって解決するわけではない。自分の携帯電話が壊れて懐が痛いのは自分だし、同じ番号を引き継ぐ限り何度でも掛かってくるだろう。

こっちが金掛けて逃げるなんて、性に合わない。

いつものように着信履歴はないのだろう。

だが、この先も何度も掛かってくるのなら、次で勝負だ。

風呂桶から携帯電話を回収すると、暫し着信を待った。

思惑通り、さほど間を空けずに携帯電話が鳴った。

一つ大きく深呼吸。

そして、電話に出るなり人生で最も大きな声を張り上げた。

「コルァ!おんどれァ誰や!!」

会心の一撃に驚いたのか、相手は一瞬何かを口籠もった後、向こうから通話が切れた。

以来、掛かってこなくなった。

伊瀬さんは、電話の主に少し心当たりがあった。

誰か、知っている声だったような気がする。

その謎は実家に帰省したときに解けた。

高校時代に付き合っていた彼氏が、随分前に亡くなっていたのである。

彼は伊瀬さんに振られてしまったことを、ずっと苦にしていたらしい。

それでも彼女と過ごした時間を、ずっと愛おしく思っていたらしい。

そういえば声が似ていた気がしたし、死んだ元彼と二人だけで行った場所の話をあの電話の主が知っていたことにも合点がいった。

「まあ、昔のことだからね。もう別にいいんだけどね」

今度、気が向いたら一度くらい墓参りしてやってもいいかな、と独りごちた。

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