紫美山(鹿児島県) | コワイハナシ47

紫美山(鹿児島県)

Mさんと仕事の打ち合わせをしている最中に聞いた話。

十年ほど前の冬、鹿児島県の出水山地を友人たちとドライブしていた時のことだ。

夜中の十二時頃、突然道路に霧が出てきた。

冬に霧とは珍しいなぁ、と友人たちと話していたが、霧はどんどん深くなり、やがて前もうしろも真っ白で何も見えなくなったという。

十分ほど走ったところで、急に霧が晴れた。

霧から抜け出ただけかと思ったら、あたりが明るい。

何が起こったのかと車の窓からあたりを見渡すと、朝になっていた。

そんなバカなことがあるか、とみんなが時計を見ると、車や全員が持っている時計が十二時十分前後で止まっていたという。

この話を、私の隣で聞いていたある芸能プロダクションの社長が「それ紫し美び山ざんちがいまっか?」とMさんに尋ねた。

社長は若い頃、鹿児島県をヒッチハイクの一人旅でまわっていたという。

紫美山を歩いているうちにどんどん日が暮れて、なんとか車に拾ってもらおうとしたが止まってくれない。

そのうちに夜中になった。あたりは真っ暗だ。腕時計を見ると十一時四十分を指している。

いくら歩いても人家の灯あかりひとつ見えない。

どうしよう……。

その時、すぐ側の草むらの中から、グオゥーという獣の叫び声が聞こえた。

ザザザザザッという大きな生き物が草むらの中を走り回る音もする。

「熊や!」

そう思って必死で走り出した。

熊は下り坂を走るのが下手だ。咄とつ嗟さに思い出して斜面を走り下りた。

と、ぱっとあたりが明るくなって、目の前に畑が広がっている。その向こうには農家も見える。

空を見上げると太陽がかなり高くまで昇っている。

そんなはずはない。ついさっきまで夜の山道を走っていたのだ。

腕時計を見ると前夜の十一時五十五分で止まっていたという。

「不思議な話ですね。でも紫美山どころか鹿児島の山に、熊はもちろん、大きな獣もいないんですよ」

Mさんはそう言って笑った。

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