松風(兵庫県) | コワイハナシ47

松風(兵庫県)

兵庫県の日本海沿岸に日和山というところがある。その近くにある小さな温泉場に、バスの添乗員たちが慰安旅行に行った。

シーズンオフ。「サービスしますわ」と、旅館も海の見える一番いい部屋に案内してくれた。

ところがAさんだけは「ちょっと」と旅館の人に呼び止められて「お部屋の中に小さなお風呂がありますけど、あれはなるべく使わないでくださいね」と言われた。

「壊れてるんですか?」

「いえいえ、そうじゃないんですけど。どうせですから温泉の大浴場を使っていただいた方がよろしいかと」

他人のではなく自分たちの慰安で来たのだ。

それもそうだと納得した。

宴会も終わり、Aさんもヘベレケに酔っぱらって部屋に戻った。

風呂に入りたくなったが(下の風呂に行くのはめんどくさいな。そやっ、今夜のところは部屋の風呂に入って、朝風呂に大浴場使わしてもらおか)と、Aさんは部屋の風呂に入ってから寝た。

真夜中、ガチッと身体が固まった感じに驚いて目が覚めた。起きようとしたが身体が動かない。ただ、首だけが何とか動く。

顎を上げて枕元を見た。

白い着物姿の女の人が正座している。ところが肩から上がない。着物の胸元は真っ黒だ。なのに膝には真っ白い手が乗っている。

(身体が動かんから、こんなもんを見るんや)

大きく息を吸って、ウンと力を入れた。突然、体中の細い糸がプツンと切れたように自由になった。起き上がるともう女の姿はなかった。

(今のは何やったんや……)

松葉が風に唸っている。窓ガラスがガタガタと揺れているのに気づいた。ものすごい風が吹いているようだ。

寝ようとするが、風音と割れるようなガラスの音でなかなか眠れない。やっと眠りに入ったのは、もう夜明け前の頃だった。

朝、食事をしながら「夕べの風はすごかったな。全然寝られへんかった」とAさんが言うと、みんな不思議そうな顔をする。

「風が吹いてた?」

「そや、すっごい嵐みたいな風やったやないか」

「そうか?夕べは静かな夜で波の音がよう聞こえてたぞ」

「俺もベランダに出て、あれからちょっと飲み直したくらいやからな」と口々に言う。

「そんなアホな。確かにすごい風が吹いてたぞ。朝まで俺、寝られへんかったんや」

すると、中のひとりが箸を止めた。

「おいA、部屋の風呂、使たな」

「使こた」

「あの風呂、使わんといてくれと言われんかったか?」

そういえばそうだ。

「風の吹く前に、枕元に白い着物の女が座ったやろ?」

女の白い手を見た時の怖さに鳥肌が全身に立った。

「なんで知ってんねん」

「わしと一緒やからや」と、つぶやいた。

それでも、Aさんはみんなの話を信じなかった。

風は確かに吹いていたのだ。音がうるさかったのだ。

しかし旅館を一歩出ても、大風が吹いた跡はまったくなかった。

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