連休の過ごし方(東北地方) | コワイハナシ47

連休の過ごし方(東北地方)

初秋とはいえ、まだまだ残暑が厳しい九月上旬頃のこと。

都内の会社に勤務している高本さんは、土日の休みに有給休暇をくっつけて、久しぶりに三連休を取ることにした。

そして東北地方にある、知る人ぞ知るような鄙びた温泉宿を予約した。

人伝に聞いた旅館であったが、今時インターネットで予約もできないような、非常に古い旅館とのことであった。

その温泉自体もマニアの彼ですら聞いたことがなく、ネットで検索しても殆ど引っかからないようなマイナーな所である。

それでも、彼の自宅から車で三時間程度といった絶妙な距離も、旅行をした実感を得るのに丁度よい。

「でも、まあ。そういった色々な所に惹かれたんですけど、ね……」

彼はその日を楽しみにしながら、連日の激務をこなしていた。

そして、待ちに待った土曜日の朝。

そろそろ出発するべく、自動車に荷物を積み込んでいたところ、携帯電話が鳴り始めた。

「社内のサーバーがダウンしたって。全く、酷い話ですよ」

やむなく休日出勤せざるを得なかったが、彼は出社からほんの十数分で問題を解決した。

「でも、自宅までの電車が結構掛かるんで。スケジュールが大分遅れましたね」

宿をキャンセルすることも頭を過ぎったが、折角楽しみにしていたのに冗談じゃない。

彼は予約していた宿にチェックイン時間を遅れる旨の連絡をするべく電話を掛けたが、話し中を知らせる機械音が鳴り続けるだけで埒が明かない。

そうこうしているうちに時間は過ぎ去っていき、結局電話が繋がらないまま、出発できたのは十一時過ぎ頃であった。

都内から高速道路に乗るまでは比較的空いていたが、高速に入ってからが地獄だった。

「全然、動かないんですよ。もう、未だに理由が分かりませんよ」

普段から混むような道では決してなかった。お盆や正月の帰省ラッシュのときですら、渋滞は殆どないような高速道路であった。

にも拘わらず、今日に限って相当酷い渋滞に見舞われていた。

急いでラジオで確認したが、事故等の話は一切なく、理由は全く分からない。

そんなこんなで宿に到着したとき、時刻は既に深夜零時を過ぎていたのである。

ナビに誘導されるまま、駐車場らしき砂利道に車を駐めたが、辺りは真っ暗で非常に心細い。

旅館の弱々しい灯りを点している小さな看板目指して、彼は歩いていった。

お世辞にも滑らかとは言えない引き戸を開けると、見み窄すぼらしいフロントが正面に見えた。

そこには齢八十を過ぎたと思われる老婆が座っており、うつらうつらと船を漕いでいる。

「あの、すみません!予約していた高本と言いますけど……」

その声に目を覚ました老婆は、じろりと彼を睨め付け、部屋の鍵を目の前の台に置いた。

「203号室。夕食は部屋にありますから。風呂はいつでも入れますから」

不機嫌そうな声でそう言うと、彼女は奥へと下がっていった。

「仕方ないですよね。泊めてくれるだけでも有り難いと思わなきゃな、と……」

部屋に入った瞬間、キャンセルしとけば良かった、と後悔の念に駆られた。

入った瞬間に鼻を衝く、異常なまでの黴臭さが嫌になったからである。

そして灯りを点けたところ、その理由が分かったような気がした。

部屋は埃塗まみれで、漆喰の壁は所々が真っ黒に汚れている。

部屋の中央に置かれている飯台には、食膳がぽつりと置いてある。

高本さんは恐る恐る膳の蓋を開けてみると、そこには若干黄色くなった御飯と、焼き加減が悪くて原形を留めていない、焼き魚らしき料理、更に豆腐だけが入ったお吸い物であった。

休憩する暇すら惜しんで運転していたため、彼の飢餓感は絶頂に達していた。

それらの冷え切った夕食を貪って腹に入れたが、何故か胃がそれらを拒否するかのように、それから暫く絶え間ない嘔吐感に苛さいなまれたのであった。

「空腹が最上の調味料なんて言いますけど……結局調味料じゃどうにかならないものもあるんですよね」

何度も何度も生成されるガスを口から放出させていると、けたたましい音を立てて部屋が大きく揺れた。

一瞬、崩れるのではないかと思ったが、ただの家鳴りに過ぎなかったようであった。

ほっと安心していると、突如意味不明な言葉が何処からともなく聞こえ始めた。

まるで部屋の中で誰かが詩吟を唸っているような、あまりにも近すぎる距離感で、その音は耳に入ってくる。

部屋中に視線を遣るが、テレビやラジオらしきものは何処にも見当たらない。

人一人隠れることができるスペースと言えば、押し入れである。目星を付けて思いっきり開けてみるが、そこには小汚い布団が収納されているのみであった。

だが、部屋中に漂っている黴臭さの原因が、布団にあることが分かった。

さっきまで聞こえていたはずの詩吟も、いつの間にか消え去っている。

極度の空腹状態で食事を摂ったせいか、猛烈な眠気に襲われた。

高本さんは部屋に備え付けてあった部屋着に着替えることにした。

それすら最初からぐしゃぐしゃに丸まっていたが、若干嫌な気分になりながらもそれに袖を通すと、温泉に浸かるべく部屋を出た。

部屋に戻った高本さんは、心の底からこの宿を選んでしまったことを後悔した。

「最悪、の一言ですね。あんなに酷い温泉は、見たことも聞いたこともないですよ」

風呂の周囲が汚いのは、辛うじて許容できる。しかし、あんな水のようにぬるい温泉は絶対に許すことができない。

しかも、湯の中には名前も知らないような虫達が大量に浮いていた。

「折角来たんだから、入ることは入りましたけど。ホント、最悪でした」

怒りで身体が温まってきたのか、彼はもう我慢できないほどの睡魔に襲われていた。

あの黴臭い布団で寝るのは抵抗があるが、致し方あるまい。

押し入れから布団と枕を取り出すと、彼はそれらに包まれて深い眠りに就いた。

暗闇の中、がやがやと煩い人の声で目が覚めた。

ガンガンと鳴り続ける頭の中、自分が横たわっている布団の周りを、何者かが大勢で取り囲んでいるような気配を感じる。

完全に眠った振りをして会話に耳を傾けていると、何だか物騒なことをしゃべっている。

「この腕、肉付きがいいいねぇ」

「オレはこの頭だなぁ、やっぱり」

「いやいやこのくるぶしなんて最高だよ」

そんな恐ろしい会話が続く中、彼の意識はそのまま遠のいていった。

顔に降り注ぐ陽光の中、全身を襲ってくる異様な痒みで目が覚めた。

高本さんがぱっと目を開けると、そこには信じられないような光景が広がっていた。

信じられずに何度も何度も辺りに視線を遣るが、何処からどう見ても現実にしか思えなかった。

自分が寝ていた部屋は、既に朽ち果てて窓ガラスすら破られている、廃墟の一室だったのである。

部屋の中は侵入者と野生動物に荒らされており、辺りは缶ビールの空き缶と動物の糞に塗れていた。

自分が寝ていた布団は黴がカラフルな色彩を施しており、たっぷり吸いこんだ湿気で重くなっていた。

高本さんは自分でも信じられないような悲鳴を上げながら、その場から逃げるように立ち去った。

物凄いスピードで車を走らせているとき、途中で予約した旅館の看板が視界に入ってきたが、最早どうでも良かった。

這々の体で自宅に戻ったが、どうにも気分が収まらない。

それどころか疲れがどっと出てしまって、三連休最終日は寝て過ごす羽目になってしまった。

どう考えても、納得がいかない。

久しぶりに取った三連休を、どうしてこんな形で過ごさなければならないのか。

廃墟で寝た自分が悪いとはいえ、このどうにもならない不満をぶつけるべく、彼は例の旅館に電話を掛けた。

文句の一つでも言ってやれば、少しは気分が収まると思ったからである。

「え、電話ですか?ウチは五回線あるからそんなことないと思いますよ」

そもそもその日は電話自体少なかったですからね、と強気の返答をされたのであった。

「もう、訳が分からないですよ」

高本さんは疲れ果てた声で、そう言った。

「勿論、請求されましたよ。一〇〇%のキャンセル料金。ホント、踏んだり蹴ったりでした」

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