笠間の化け狐と井筒屋(茨城県笠間市) | コワイハナシ47

笠間の化け狐と井筒屋(茨城県笠間市)

笠間稲荷神社の昔ながらのたたずまいのある参道を過ぎて、街道に出た向かいに「井筒屋」という約三百年の伝統をもつ旅館があった。

江戸のころは街道筋の旅籠として使われていたであろう豪奢なつくりはその形をそのまま今に残している。

坂本九夫妻が笠間稲荷神社で結婚式を挙げ、この井筒屋で祝言を挙げたのも有名である。

当時の写真を持っていた、笠間市出身のイッチーさんに話を聞いた。

彼はこの井筒屋の女将の甥だった。

「九さんはみんなに愛されていて、毎年節分の時期は必ずここにやってきて豆まきをして、泊まるんですよ、僕が小さい時は九さんの膝に座らせてもらったり、とてもいいひとでしたよ。あんな事故がなければ……」

事故とは、日航機墜落の事故のことである。

坂本九氏が乗っていた日航機の123便は群馬の御巣鷹山に墜落した。

井筒屋は、その後も営業を続けていたが、女将もご主人も相次いで亡くなり、子どものいない夫婦だったので、ご主人の弟とその子供が継いだが、どうもうまくいかなかったらしい。

東日本大震災で大きな被害を受け、ついに閉館してしまった。

このすぐ近くに佐白山がある。その入り口には現在は駐車場となっているが、佐白山公園がある。

彼の叔母と後の井筒屋の主になる叔父が高校生のときだった。

その公園でデートしていた。

二人でベンチに座っていると、階段を上がってくる老人の姿が見えた。

なんとなくその老人の顔を見て、二人は驚いた。

その老人は、つい先日亡くなりお葬式をあげたはずの祖父だったからだ。

しかもどんどん二人に近づいてくるではないか。

「キャー! 幽霊!」

叔母は小さく声を上げて叔父にすがりつこうとする。

祖父は叔父の祖父だった。旅館の主人の先代になる。

付き合い始めたばかりだが、お葬式に顔を出していたのでもちろん知っていた。なんの変哲もないように、彼の祖父は二人の前を通り過ぎた。

「おい! お前! 何者だ!」

叔父はこともあろうか、怖がらずにその祖父の霊を追いかけたのだ。

彼女は怖くて怖くて、しかもベンチに一人残されて途方に暮れていると

ザワザワザワ

ベンチの下で彼女の足元を何かが触っている。

「ひいいいい」

それは毛のある生き物のようだった。

思い切って見ると、猫ではないイタチのような何か……あとで気づいたが、それが狐だったようだ。

彼が煙に巻かれたような顔で戻ってきた。

「途中ですっと消えたんだよ、じいさん。ありゃあ何だったんだ」

「私も足元を変なのが通って行ったのよ!」

その話は夫婦が亡くなるまで、語り継がれた。

あれは狐様の仕業だったんだねえ、と叔母が話してくれたそうだ。

笠間は狐が化けることでも有名だった。

だいたいの大人は一度は経験したかのように、普通に『化かされた』ことがあったとイッチーさんは話す。

お稲荷様のおひざもとにあれば、げに恐ろしき話でも、さもありなむと思うところがある。それを嫌がり、怖がる人は少ないようだ。

井筒屋は震災で閉館してしまったが、二〇一八年に『かさま歴史交流館 井筒屋』として再建された。内部も囲炉裏や棚、神棚に至るまで、当時の旅館の雰囲気を残したまま、展示物が置かれ、市民の集いの場になっている。

稲荷神社は商売の神様でもあり、その裏手には大黒天も祀られている。

狐様に愛された井筒屋はこうして復活の時を迎えることができたようだ。

筆者は館長にご挨拶をしたが、狐には似ておられなかった。

井筒屋に出る霊 その一

井筒屋の先代夫婦が亡くなり、その弟さんが井筒屋を継いだ。ところがその弟さんも、継いで間もなく亡くなってしまった。そのお子さんが継ぐことになり、切り盛りしていたころだ。

客室の中の奥の部屋から「おう! おう! おう!」という掛け声のようなうめき声のような声がする。

しかし当日宿泊客のいる部屋ではなかった。

仲居さんがそっとその部屋の扉を開けてみるが誰もいない。

少しぞっとして、仕事場に戻った。

またそのあとも「おう! おう! おう!」と声がするので、かなり不気味に思っていた。聞こえる人には聞こえるようだ。

亡くなった先代の弟さんの一回忌を井筒屋で行った。

そこには弟さんの大学のボート部仲間が集まり、「体育会ならではの昔の部活時代の掛け声で見送ろう!」となった。

友人たちは円陣を組んで

「おう! おう! おう!」

と叫んだ。

それを聞いた仲居さんは腰が抜けそうになった。

あの奥の部屋で聞こえたうめき声と全く同じだったからだ。

亡くなった弟さんがボート部時代を思い出し、叫んでいたのだろうか。

井筒屋の霊 その二

先代の女将が晩年に過ごしていた部屋があった。

そこは『水仙』という古い六畳間程度の畳の部屋。

ちょうど井筒屋の玄関を入った左側の母屋にあった。

女将さんが亡くなったあと、部屋の電気がひとりでにつく現象が頻繁にあったそうだ。支配人が夜間の見回りをしていると、誰もいないはずの部屋なのに灯りがついていることがあった。

井筒屋の建物はほとんど解体されていて、郷土資料館として残っている。

その部屋は実は今もその建物の中に、ある。

井筒屋の霊 その三

井筒屋の玄関から奥に入った客室でよく見かけられた現象だ。

廊下を数十人の武者が隊列を組んで歩きまわっていたという。

何人もの客がその姿を見たそうだ。

実は井筒屋となる前は、赤穂浪士の討ち入りで有名な播磨赤穂藩の藩主、浅野内匠頭の筆頭家老であった「大石内蔵助」の先祖の屋敷があった。それが原因じゃないかと噂をされていた。

今も大石家の屋敷跡の碑が、井筒屋の敷地跡のすぐ近くにある。

霊が出た井筒屋の建物部分は、今は原っぱに井戸の跡が残るだけの跡地となったが、大石家の跡地の碑の場所には、討ち入りに向かう陣太鼓を持った姿の大石内蔵助の姿の銅像がある。

いまだにその原っぱを、隊列組んで歩いているかもしれない。

兵どもの夢のあとさきだ。

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