大洗磯前神社(東茨城郡大洗町) | コワイハナシ47

大洗磯前神社(東茨城郡大洗町)

前作「茨城の怖い話」で登場した戦艦模型の作家の話である。

大洗の海にひときわ目立つ鳥居がある。『神磯の鳥居』と呼ばれる。

海岸に立つ鳥居は海難を防ぐ結界となっているようだ。そしてすぐ近くに道幅いっぱいの鳥居がある。二の鳥居をくぐれば、石段を上がると神社の社殿に着く。車で上がる場合は、一の鳥居から入るといいだろう。

作家の祐司さんは、海岸にある神磯の鳥居をじっと眺めているのが好きで、よくここを訪れた。夜中に来て太陽が現れるまで見ていたり。小高い位置にある本殿の方には、まだ行ったことがなかった。

「大洗のこの鳥居に朝陽が上がってくのをよくドライバー時代に見てたのよ。深夜の運転が多かったんだけど、福島から都内に物資運ぶときも高速使うと高いからさ。下道ゲタ使ってのんびり海岸線走ったりな。それはそれでよかったけど、たまに変なもの見ちゃったりしたよ。水死体みたいに膨らんだ肌色のもんが打ち上げられてたりでまあ俺は幽霊の類も嫌いじゃないが、やたら死体に遭遇するんだよ。俺の目の前で事故って、バイクのヘルメットごと飛んでったりな」

「ヘルメットが外れたんですか?」

と聞くと

「ヘルメットごと首が飛んだんだよ。胴体からブシャーっと血が吹きあがってさ。もうそれは思い出したくもねえけど、何度も見たよ。一気にガソリン引火して丸焦げの遺体も。死ぬと体が胎児みたいに縮こまってさ」

「怖くないんですか?」

「怖いさ。しばらくは夢に出るしな。事故見て思いっきり吐いたこともあった」

祐司さんは霊感体質もあったのか、人か霊かわからないものもよく見るようになっていた。

「それで、もう車回してても変なもん見るし、俺まで事故に引き込まれる気がしてさ。結局深夜に動くから、幽霊みたいなもんも見るんだよな。一度、おんなじ場所に花があるなと思って見てたら、目の前から急に単車が出てきて、急ブレーキ踏んだんだよ! 『ぶつかる!』ってな。ああ、国道6号線だよ。こっちじゃ有名な場所だ。ガシャンって行くかと思ったら、何もなかったんだ。急ブレーキかけても間に合うようなタイミングじゃねえんだよな」

「バイクは大丈夫だったんですか?」

「それが、バイクなんかいなかったのさ」

「というと?」

「バイクの幽霊さ。だけどあの瞬間はあっちこっち縮こまったさ。やっぱ事故の瞬間はおっかねえよ。事故多発地帯だから、バイクとか車の霊も出るんだろ。けどな、このままドライバー続けてたらよくねえなと思ったんだ。いつか俺も向こうの世界に引っ張られちまう。それで趣味でやってた戦艦模型で身を立てようと思ってな」

そのころは、模型作家というよりも、模型作品をネットで販売して、やっと安値で買ってもらえるような状況だった。子どものころから好きだった模型で飯を食おうと思い立った頃。

「そんなに商売は甘くねえからな、最初は何千円くらいでしか落札してもらえねえし、あの世界もライバルが出てくるから足の引っ張り合いだ。新人の俺が高値で取引されたってなると、古参の作家がわざと俺の作品を買うのさ。そんでクレームつけたり、2ちゃんねるなんかで風評立てるのさ。正直、レビューなんかで悪評つけてくるのなんて、同業者だからな。わかっちゃいるけど、その時は腹立ったな。でも安値にしかなんねえときは食うのも困ったさ」

そして一人の師匠に出会い、様々な技を教えてもらうことになった。

「厳しい師匠でさ、だけどこの人に教わったら全然売れ行きが違ってきたんだ、特に海のうねるような波、これができるかできないかで人気が違うんだよ」

戦艦の模型は、単純に船だけ作って色塗りすればよいわけではなく、その船が海を行くように板に海の色と立体的な波をつくらねばならない。

この技術は特別で、その師匠くらいしか当時はできる人がいなかった。

「最初に師匠の軍艦と海を見た時には感動したなあ。水しぶきもそうだし、波もそうだ。船には海があって初めて生きるんだなと思ったよ。しかし厳しいというか、変人でもあったんだ。俺も違う意味で変態だけどよ」

その師匠は『死体を見るのが好き』だった。だから祐司さんの怖い話を聞いては喜び、興味を示してくれた。

「俺が死体の話するたびに目が輝くんだよ、どんな色してたかとか、血はどれくらいで肌は何色だとかね。結局、俺だけしか弟子にしなかったのは、そういう意味で俺に興味があったんだろうな」

「まさか、それだけで弟子にしないでしょう?」

「いや、ありえるよ。変なんだよな。事件現場行くのは俺も興味あるけど、その師匠はやたら行くのさ。特に火事現場の焼死体とかより、血がどばっと出てるような事故やら事件のところだね。この人、アル中かと思ったんだよ。けど、その人は酒もタバコもやんねえんだ。ただ、趣味が死体のぞきなんだよな。だんだん俺に教え方もハードになってきて、正直「いつかこの師匠に殺されるために俺がいるんじゃないだろうな?」って思ったさ。そんな頃かな、俺がドライバーのころからよく見る夢を話したのさ」

彼のよく見る夢はこうだった。

「誰かを穴に埋めてるんだよ。で、工事用のスコップでブスブスとそいつの腹や胸を刺しまくって殺してるんだ。血と土がからまったような独特の色合いでさ。土をどんどんかけて埋めてるんだ。それがとにかく生生しくって、普通の夢じゃねえんだよ。しかも何度も同じ夢を見るんだ。殺す感情は何もねえんだ、ただこの人を急いで埋めなきゃって焦りだけ」

夢か現実の記憶かわからないくらいにリアルだったようだ。

「それでさ、何度か見たあとに、茨城新聞だったかな、載ってたんだよ。生き埋めにした事件がさ。工事現場だったと思う。新聞だとそこまでリアルに書けないんだろうけど、これは正夢だったんだと思ったね。でも事件はもう一年くらい前の犯行で、遺体が見つかったから発見されたんだよね。俺が夢を見たのは事件から一年近く経ってたから、正夢というのはどうかわかんねえけど」

しかしなぜ、祐司さんの夢にその人たちが出てきたんだろうか。

「で、その話をしたのさ、師匠に。そしたらこう言った。『お前とどこかで縁があったかわからんが、おそらくその殺された側の、埋められた側の霊が、お前に憑りついたんだろう。そういう道を走ったり、辻のお地蔵さんなんかに手を合わせたりしなかったか?』とね」

「お地蔵さんはよくないんですか?」

「まあ、そこが事故多発地帯ってのもあるし、霊が出るから慰霊のために置いたりするよね、詳しくはわかんねえけど、俺は拝むのは好きだからそうかもしんねえな、と思ったんだよ。そのあとさ、師匠が磯前神社に行こうっていいだしてさ」

「なんで行ったんですか?」

「ちょうど俺が軽巡洋艦の『那珂』を制作中だったのさ。で、形はよくできてんだけど、師匠がやたら言うのさ、『魂が入ってねえ』って。その師匠はそうなんだよ、全身全霊かけて作品を作れっていうんだ。いつ死ぬかもわかんねえし、最期の作品と思ってなんでも作れ、高いも安いも関係ねえって。そりゃあすごい形相で言うし、毎回いいのを作るんだよ。一筆入魂ってこんなこと言うんだろうなあ。俺程度じゃ海の描写もうまくできなくてさ、師匠が、『那珂が太平洋の海に航海する姿を想像で描くな、海も実物も見ろ』っていうから、磯前神社にある那珂の石碑を見ようってことになったのさ」

磯前神社には『那珂』の慰霊碑がある。また、駐車場近くには船の錨も奉納されている。海を見つめ、安泰を司る神様がおられるようだ。

「あの磯前の鳥居は知ってたからな、大洗は何度も行ってるけど、上まで行ってみたことはなかったから。境内から見える鳥居からの太平洋は、全然眺めが違うんだな。遠くに船が走ってるのが見えた。そうだな、軍艦は沖を走るんだ。俺がドライバー時代に見てた手前の海岸線なんか、船がたどり着く場所であって、大海を渡る姿が重要なんだなと、師匠は何も言わねえけど、それが言いたかったんだろうなって感動してたんだよ」

「よかったですね! じゃあそれからは順調に海の絵が描けるようになったんですか?」

「それがなあ、その神社の境内でまた例の夢の話が頭に渦巻いたんだよ。なんでか、昼間で目も開いてるのに、またスコップで背中を刺してる自分の姿が。師匠にもそれを言ったら、かなり怒られてな……『こんないい場所に連れてきてるのに不謹慎だ!』ってな。今思うと失礼な話だろうけど、師匠は死体の話も、俺の怖い夢の話も好きだったから、間をもたせようと話したつもりだったんだけどな。そこで喧嘩になって、『あとは教えない、もう自分で見たものでお前がやれ!』って帰っていったんだよ。俺も何に怒ったのかわかんなくて、かなり頭にきたよ。ひっこみつかずの『今後は自分でやります!』って言ってね」

「じゃあ、それからは自分で制作してるんですか?」

「ああ、物理的にも師匠から教えてもらえなくなってな」

「物理的に?」

「それから一か月後だったんだよ。師匠が家で自殺したのさ」

「えっ」

「自殺の仕方もひどかったんだ。家族には『自分の内臓が見たい』って言ってたらしいけど、部屋で切腹してたんだ。しかも血だらけの腹から臓器取り出すつもりだったらしくて、腸が飛び出てた」

僕は言葉を失った。

「すげえ痛かったと思うよ。サムライがなんで切腹のあとに介錯して首はねてもらうかわかった。出血多量で苦しいだけでいつまでも生きなきゃいけない」

「その……おいくつだったんですか? 師匠は」

「まだ四十五歳だったかな」

「ご家族もショックでしたよね」

「まあな、でもその一年後に家が全焼して、どうなったかわからねえな。師匠も独身だったから、お墓なんかも荒れ放題なんだろうな、一家全員死んだよ」

さらに言葉を失った。

「自殺の理由はなんですか?」

「俺が思ってたより悩みがあったんだろうな。制作にも命懸けだった分、自分にも厳しかったし、死ぬ前は、海が描けないと家族には話してたみたいでさ。けど俺は、あの喧嘩のときに、正直『いい気になるなよ』って思っちまった。尊敬する師匠なんだけど、どんなに技術あってもこの性格じゃあな。『とにかく今はこいつから離れたほうがいいな』って直感があってな、悪いけど、それだけ嫌な感じだったんだよ」

「制作のストレスがあったんですかね……確かにもし一緒にいたら自殺じゃなく心中もあり得ますよね」

「それは確かにそうだ。しかし死んだら意味ないよ。何枚も捨てられてた海の失敗作がお棺に入れられてた。どれも悪くなかったけど、本人は気に入らなかったんだろう。けど、棺に完成の制作物入れられててわかったけど、その作品残すとか必死で本人が言ってても、わかってない家族がいると、全部遺体と燃やされて消えちまうんだよ」

「そうですね……師匠の作品はもらってこなかったんですか?」

「うーん、家族にも俺に渡したいとは言われたけど、あの師匠の念の入れ方見てたら、受け取ったら怖い気がしてね。かといって、百万くらい値打ちがするからって売ったら、もっと恨まれそうだしね。落ち着いてから作品を見せてもらおうと顔出そうとした矢先に家が燃えて、作品は全部燃えたね」

「そうだったんですか……残念ですね」

「そのあとさ。変なんだけど、俺も死体を見るのが好きになって、事件があれば行くようになっちまったんだ。そして、海を描くときも師匠が後ろにいて指導してるみたいに勝手に自分が持ってる筆が動くんだ。特に海は色が大事で色んな色を混ぜ合わせて作れるんだが、それも再現できるようになったんだよ」

師匠の霊が祐司さんを動かしているということか?

「それとも違う。確かに、師匠の思念みたいのは感じるよ。けど、師匠はそのときはまだ死んでなかった。喧嘩したあと、見よう見まねで作った海が大成功したんだよ。もしかしたらと思うんだが、俺が見てた夢の被害者が、最初は俺に憑りついてたが、あの神社で師匠の方に憑りついたんじゃないかと思ったんだ。二人に憑りついてた霊が入れ替わった。だからあの時の師匠は雰囲気が全く変わってしまったんだと思う」

霊が入れ替わる。ということは、今の祐司さんには師匠についていた霊が憑いたということだろうか。

「師匠についてた霊がどんなんんだかわかんねえけど、すげえ腕がある作家の霊には間違いねえ。師匠もこの霊がいたから描けたんだろう。とにかくこの海を作れるのは師匠だけだったんだ。俺が磯前神社から海見て『那珂』に手を合わせて作れるような代物じゃねえんだよ。だからさ……普通じゃねえのさ」

祐司さんはまたタバコに火をつけ、日本酒をあおった。

「この制作のときはな、酒とタバコが手放せねえ。せめて女でも抱いてられたらいいんだが、仕事に没頭すると女は寄り付いてくれねえし、同棲した女も借金だけ残して、狂って出て行った。今はそういう意味で人生は制作だけになっちまったな、けど命かけてまで制作するって根性はないぜ」

酒は邪気を清め、タバコは霊を煙で追い払うという。

「けど、入れ替わったなら、あの怖い夢見ないかと思ったらそうでもない。今は殺す側の心理がなんとなくわかって猟奇的にまたスコップで人を殺して血だらけにしてきれいに土をかぶせてるよ。二人の霊が憑いてんのかもな」

自殺した師匠は酒もタバコもやらなかった。だから祐司さんについていた霊を祓えなかったのだろうか。

人は埋めたい嘘や口封じしたい人がいると、そんな夢も見ると言うが、彼のように技術の才能まで入れ替わった例はめずらしい。

今日も山盛りになったタバコと日本酒の瓶が置かれた制作室で、繊細な作業を続けている。

「この前は作った水兵のフィギュアがなくなったんだよ。それは軍艦とセットだったんだけどな。仕方ないから別のを作ったさ。いまだに見つかんねえよ。誰も入らない部屋なのに、そういうことはよくある」

そう言ってふかした煙草の煙が、ゆっくりと彼の頭上を渦巻き、天井に昇っていった。

「勝手に歩いて出ていったのかもな。俺じゃいやだって言ってさ」

と、つぶやき、笑っていた。

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