縁の下(東京都) | コワイハナシ47

縁の下(東京都)

都内の美術学校に通うために、S君は国立市の一軒家に引っ越した。

引っ越しの荷物を片づけ終わる頃、台所の床板に、赤いインクを零したような丸い染みを見つけた。雑巾で拭いてみたが、落ちない。

「仕方ないか」と、台所で荷を解いていると、床がわずかに動く場所がある。どうやら床板が外せるようだ。何枚かを外すと縁の下が見えるはずだったが、そこには前の住人が置いていったらしい、古びたヤカンや鍋、焦げたフライパン、割れた食器、瓶などが山のように棄ててあった。

床下をゴミ捨て場にしていったと思うと、ひどく腹が立った。

仕方ない、これらも引っ越しのゴミと一緒に出そうと、床下に降りて廃棄物を拾いあげた。

床下のものがなくなっていくと、これは単に台所の縁の下に廃品を棄てたのではなく、縁の下に深さ五十センチほどの穴を掘り、そこに放置したのだという事が分かった。昔の家では、縁の下に穴を掘ってそこに漬物桶を置いたり、味噌を保存したりした。その名残なのかもしれない。なんとかそこにある物全部を出すと、S君はやれやれと、その穴の中にしゃがんで休んだ。

さて、他にゴミはないもんだろうかと、縁の下をぐるりと見回した。すると向こう側の、通風口の光りが見える。その前に細い影がある。

何だありゃ?

S君は懐中電灯を手にその影に近づいてみた。

その妙な影は、高さ三十センチほどの櫓(やぐら)だった。盆踊りの時に、その中心で太鼓を叩くために組まれるあの櫓。まさに、それだった。それがなぜか赤鉛筆で組んである。何十本もの赤鉛筆を紐でくくったり、切ったり継ぎ足したりして、真っ赤な櫓が組み上がっている。

最初は、これは国立の風習なのかと思った。あまりに精巧なので、この家を建てた大工さんが作ったのなら合点がいく。棟上げ式の時に、大黒柱に日の丸を描いた扇を供える風習がある。そういうものだと理解しようとした。

それにしても、赤鉛筆で櫓か?

S君は床下から出て、台所に上った。

(そういえばその櫓があったのは……)

見ると、ちょうど赤いインクの染みがある。

確かめると、その真下に櫓が置いてあった。この赤いインクのような染みと、赤い櫓に何か意味があるのだろうか?

S君は今もそこに住んでいる。櫓も縁の下にそのままにしてある。

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