麻生さんが、大学生の頃に体験した話である。
朝七時半。試験監督のアルバイトのため、麻生さんは仙台市内へ向かっていた。
国道四号線、岩沼付近。片側二車線の幹線道路である。
麻生さんが運転するミラージュの右側を、大型トラックが並走する。
その後輪に。腹ばいになり、腕を両側にだらんと垂らして女が巻き付いている。
タイヤはぐるぐると回転しているのに、女はそのまま回転もせず平然としている。
車高の関係で、麻生さんの目線のすぐ脇に長い黒髪をたなびかせた女がいる。
何だこれ。
気味が悪くて仕方ないが、どうにも目を逸らすことができない。
そのとき。それまで髪しか見せていなかった頭が〈ぐぐぐ〉と動いた。
女がこちらを向いた。目が、合った。
ひっ――。顔を引きつらせた麻生さんを見て、女はにこっと笑った。
ものすごく可愛いかった。恋をしてしまいそうなぐらいに。