セルロイド(青森県弘前市) | コワイハナシ47

セルロイド(青森県弘前市)

私には八十年代の青森の記憶がまだある。

そしてその記憶にあるほとんどの風景に、活気が込められている。

以前働いていた会社の同僚が話してくれた舞台は、その頃の弘前市だった。

神山は休日に映画館巡りをするのが好きだった。

夕刊の上映情報を切り抜いて、どう映画を梯子しようか考える。

ほとんどの映画館が二本か三本立ての上映で、三館を巡ればほぼ一日が潰れる勘定だ。

当時神山はタクシー運転手で、日頃座りっぱなしの生活をしていた。

そういう訳で、運動不足解消にと、館から館へ徒歩で移動するのが常だった。

その日も、切り抜きを片手に午前中から映画を観に出掛けた。

山のほうで暮らしていたため街に着くまで三十分は掛かるのだが、これも運動。

弘前公園を抜けたくらいから街の顔を感じ、土手町に差し掛かると歩道をゆく大勢の人々の姿がある。

土手町は人の数の割に歩道が狭く、油断すると前後左右の通行人にぶつかってしまう。

今では考えられないことだが、当時はそんな風だったのだ。

駅前の映画館からスタートする予定だったため、土手町通りを曲がった。

通りを変えても、依然として人も車も多い。

前の歩行者が邪魔で思ったよりも進みが悪く感じたが、余裕を持って出発したので、映画の時間に間に合わないということはないだろう。

そんなことを考えていたら、神山は次第に後ろが気になるようになった。

後ろの歩行者が気になる訳ではない。

もっと違った気配。

不意に肩に手を伸ばされ、今にもトントンと叩かれるような、或いは生暖かい手に背中を触れられそうな、そんな気配だった。

勿論、振り返っても入れ替わり立ち替わりする老若男女が憮然としたり、談笑しているだけだ。

しかし、どうにも両肩と背がむずむずする。

気になりだしたが最後、ずっとそんな調子になっていた。

映画館に到着し、チケットを購入した。

ロビーと通路のベンチに人の姿はなかった。

そこで上映していたのは過激な性描写があると評判の恋愛映画と、シリーズ物のホラー映画だった。今現在客席にどれだけ人がいるかは分からないが、どちらも話題作ではないため、そうそう混んでいることもないだろうと神山は踏んでいた。

到着までの時間が予想より掛かったため、ロビーで一本煙草を吸っている間にエンディングテーマが壁越しに漏れ聞こえ、恋愛映画を観終えた客がパラパラと通路に出てきた。

神山は、こう背後が気になっていてはうっかり振り返るたびに自分の後方に座った客に迷惑を掛けるに違いないと気を遣い、最後部列に座って肩を揉んだり目をギョロつかせたりしながら映画が始まるのを待った。

定時に予告編が始まると、思いのほか背後が気にならなくなった。

まるっと気配が消えた、と言っても過言ではない。

元々日勤がメインだったのだが、最近は夜勤に駆り出されることも多い。

自覚はそれほどないが身体が不規則な生活によるダメージを受けているせいで、神経が過敏になっているのかもしれない。

何にせよ、気持ちが楽になって良かった。あんな感覚は初めてだ。

ホラー映画はまあまあの出来で、恋愛映画は期待していたほどの濡れ場はなかった。

恋愛映画の上映中に一度だけ、むずと肩を掴まれる感触があり、驚いて振り向いたが出入り口のドアの上に設置された非常口の指示板が薄ぼんやりと光るのみで、そこには誰もいなかった。

やはり、疲れているのだ。

エンドクレジット後、配給会社のロゴが出るとほぼ同時に幕が左右から閉じ、明かりが点いた。

立ち上がると、異常に身体が重かった。

昼食を摂ってから次の館に行く予定だったが、食欲が湧かない。

館を出る前に通路のベンチでゆっくり煙草を数本吸ってから、意を決して立ち上がった。

体調を鑑みて素直に家へ帰るべきか、次の館に向かうべきか。

しかし、自宅の方面へ進む路線バスは一日に何本も出ない。

バスの時刻を覚えている訳ではないが、下手をすれば最寄りバス停に立ったまま、二時間はバスを待つことになるかもしれない。

かたや次の映画館は、ここから歩いて二十分も経たずに着く。

スクリーンを前にして空調の効いた椅子に座っているだけなのだから、それはほとんど休んでいる状態にも等しいのではないか。同僚のよしみを使い無料でタクシーに乗せてもらうこともできたが、何より次のアクション映画に期待する思いがまだある。

神山は重い足取りで、次の館へ進んだ。

午前中は見られている、何かが自分に付いてきているというような感覚だった。

だが午後となってはもはや、何かをおぶっている感覚に近いものがあった。

普段なら約二十分の道のりだったはずが四十分も掛かり、次の館に到着した。

予定ではその館で二本を観た後、隣接する館でレイトショーを一本鑑賞するつもりだった。

チケットを購入しながら、何故自分がこんな無理をして映画を観ようとしているのか疑問に思った。確かに映画鑑賞は趣味だ。銀幕の世界は日々のストレスを忘れさせてくれる。しかしこれほど体調が優れない中、果たして楽しめるものだろうか。

神山は、売店にいる馴染みの老人の、自分を見るギョッとした顔が気に掛かり、トイレの鏡に己の姿を映した。

青白い顔、にじむ脂汗は想定内だ。

しかし、両肩と首周りに黒い靄が掛かっているのが解せない。

こんな姿では余計に身体がダルく感じられる。

「だばって、観ねばまいねなぁ観なきゃいけないな」

トイレに響いたその言葉が自分の声によるものだと気が付き、神山は目を細めた。

本当に疲れている。

やはり無茶をするべきではなかったようだ。

鏡に染みでもあるかのように靄がある。動くと靄も動くのだから、染みではないのだろう。

神山は鏡に背を向けて何がどうなっているのか確かめようとしたが、足元がもつれてトイレの床に尻餅をつく格好となった。

「だばって、観ねばまいねぇ……」

起き上がり、ふらふらとトイレから出て、座席に着いた。

どの位置に座ったかは覚えていない。

予告編が始まると急に身体が軽くなり、夢中になってキレの良いアクション映画を観た。

同時上映は香港のコメディ映画で、こちらもなかなかの拾い物だった。

客席の明かりが点くと同時に、猛烈な吐き気に襲われた。

「あんた、大丈夫が?」

覚束ない足取りで外に出ようとすると、売店の老人にそう声を掛けられた。

「まいねがも。具合が悪して具合が悪くて」

「んだべ そうだろ 、何が変だいの 何か変だ 」

「分がりますが?」

「分がるも何も、おめの後ろのそれお前の後ろのそれどうなっちゅう?どうなってるんだ?」

老人は両手を自分の肩の上でひらひらさせながらそう言った。

「黒い奴?」

「んだ、何が黒ぇ奴だ。それなんだば?それなんだ?」

神山は問いに対して「はぁ……まあ」とだけ応え、外に出た。

自分以外にも黒い靄が見えているとは意外だ。

そして、次の記憶は隣の館でレイトショーを観ている自分に飛ぶ。

チケットを買った記憶も席に座った記憶もない。

レイトショーは二時間超えの人間ドラマで、ラストに涙を流した。

今度は客電が点いても具合が悪くなることはなく、すっきりした気持ちで帰路に就いた。

神山はこんな一日になる原因に、思い当たる節はない。

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