温泉宿にて(岩手県) | コワイハナシ47

温泉宿にて(岩手県)

ごぼっ。ごぼごぼごぼ。

まただ。壊れかけたエアコンが不快な音を立てている。

今夜は何度こいつに起こされたことだろうか。

私はそっと目を瞑って、再び眠りに就いた。

ツーリングで立ち寄った、岩手の温泉宿であった。

雨に煙る山々の裾野に位置する、小さな温泉街である。

湯は良かったが、いかんせん建物が古過ぎた。

染みの浮き出たコンクリート、湿気で重たくなった絨毯。

ほの暗い蛍光灯が一つ灯った客室は、どこを触れてもじっとり冷たかった。

ごぼっごぼっ。ごぼごぼごぼ。

幾ら何でも寒過ぎる。窓辺に布団を敷いたのは間違いだった。

私の背後には大きな窓がある。

そのわずかな隙間から、山の冷気と湿気が入り込んでくるのだろう。

故に七月だというのに、私は布団の中で震えているのだ。

おまけに部屋の中には潮の香りがむんむんと漂っている。

けれどもここは海岸線から百キロ近く離れている。

昨日さんざん浴びた潮風が、湿気と一緒に部屋に充満しているのだろう。

ごぼっごぼっごぼっ。ごぼごぼごぼ。

窓の下で、エアコンが咳き込んでいる。

翌朝。爽やかに起き出してきた友人に私は言った。

「夕べ、エアコンうるさくなかった?全然寝られなかったんだけどさ。あと、湿気凄かったね。バイクウェアの潮っ気が匂ってたよね」

けれども、友人からの返事は想像もしていないものであった。

――昨夜は寒過ぎてエアコンなんて点けていない。吹き出し口の真下で寝ていたから、動いていれば分かるはずだ。それに、幾ら湿っていたとしても、海に入った訳でもないのにウェアから潮の匂いがするなんてあり得ない。

指さすほうを見れば、確かにエアコンは天井に据え付けられている。

自分の布団の脇には窓のサッシがはまっているばかりであった。

バイクウェアに鼻を押し付けても、潮の匂いなどしない。

では、昨夜のあれは何だったのだろうか。

咳き込むような音。濃厚に漂う潮の匂い。まるで、溺れているような――。

そこまで考えて、昨日走ったルートを思い出した。

石巻、南三陸、気仙沼。陸前高田、大船渡。

津波の瓦礫がまだあちこちに山積みにされていた、二〇一二年の出来事である。

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