狐風呂(栃木県) | コワイハナシ47

狐風呂(栃木県)

栃木県での話。

ある山道で車を運転していたら、急に睡魔に襲われた。

(眠ったらダメ、眠ったらダメ)と気合いを入れるが、ウトウトとしかける。

(このままじゃ危ない、車を止めて休まなきゃ)

……と、目が覚めた。

「あらっ?」

顔を上げるとハンドルを握った格好で膝を折ってしゃがんでいる。それも一体何処だかわからない風呂場のバスタブに入っている。

「どこ?なに!?えっ、どうして!?」

どこかの家の風呂らしい。

すると向こうから足音がして風呂場のドアが開いてこの家の奥さんらしき人が顔を出した。

「あ……」と、その奥さんと目が合う。

何か言わなきゃ、でも訳がわからない。

「あの、あの私……」

何をどう説明していいのかわからない。と、その奥さんはニコッと笑って「ああ、いいんですよ、いいんですよ。で、車ですか、自転車ですか?」と聞いてくる。

「えっ?あっ、あのう、車です」

「車ですか。車でしたらそこの裏口から出た坂道を上がっていくとガードレールがあります。そこにありますから」

「あっ、あっ、そうですか。あの……すみません。勝手にお宅に上がり込んでしまいまして……」

「いいんです。そんなに気にしないで。たまにあることですから」

不思議とまったく動じていない。

「すみません、とにかく、車、見てきます」

奥さんに言われた通りに裏口から出ると、目の前に崖のような急斜面があった。そこに獣道のような小さな坂道もある。そこを少し上って行くとガードレール。本当だ、言われた通り確かに自分の車が止まっている。

車を確認してひと安心して落ち着くと、今度は「知らぬ間に一体何が起こったんだろう」という疑問が湧いてきた。

眠くなって車を止めようとしたところまでは覚えている。しかし、状況からすると、車をガードレールの側に止めて、サイドブレーキを引いて、エンジンを切って、車を降りて、ドアを閉めて、よいしょとガードレールを越えて、急な斜面を滑り降りて、見知らぬ家の勝手口から風呂場に入ったうえに、水が抜いてあるのを確認してバスタブの中に入って、しゃがんで運転中のポーズを取った……、ということになる。しかしこれでは、まるでその家のことをよく知っているようだ。

納得がいかない。私はどうしてしまったのだろう。それに、奥さんの妙に落ち着いた態度と「たまにある」という言葉が、今になって引っ掛かる。

もう一度、その家を訪ねてみることにした。

「すみません、先ほどは申し訳ありませんでした」

「ああ、あったでしょ、車」

「ありました。私がこう言うのもお恥ずかしいんですが、何があったんでしょうか?」

「あなた、このあたりの人じゃありませんね」

「ええ……」

「よその人がね、この先の山道を通るとたまにあるんです。自転車の方なら必ずその先の四辻に止めて、車の方は必ずこの上のガードレールのところにお止めになるんです。で、どういう訳か知りませんけど、うちの勝手口を知っていてお風呂にお入りになるんです。それがね、これもどういう訳か知りませんけど、必ず風呂場を洗おうと思って水を抜いておいた時に限って、誰かがバスタブの中に座ってるんです。私が風呂場のドアを開けようとする寸前に、みなさん、ハッとお気づきになるみたいでしてね。で、あなたハンドル持ったような格好のままお座りになってたでしょ。自転車の方もね、ハンドル持った格好で正座しているんですよ。それで、お車ですか、自転車ですかって、お尋ねしたんです」

「それは……?」

「狐だと思います。昔からね、このあたりには狐が人をだますなんて話があるんですよ。不思議と地元の人と歩いてる人はだまさないみたいですけど」

奥さんはまた、ニコッと笑った。

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