山野夜話(抄)第六夜(東北地方) | コワイハナシ47

山野夜話(抄)第六夜(東北地方)

「そういえば、あの童の話をせねばなんねえべなァ」

佐竹さんの学校には、所謂ガキ大将が存在していた。

その名を、勇吉といった。

勇吉は数年前に東京からこの町に引っ越してきた、身体の大きな子であった。

周囲の子達と比べると身体の大きさばかりが目立っていたが、実際は頭脳も明めい晰せきで、学年でもトップの成績であった。

だが、彼には他の人達には見えない何かを見ることができたというのだ。

何をしていても、たとえ授業中であったとしても、頬を紅潮させながら彼が叫んでいるところを、佐竹さんも何度か目撃していた。

一度は全校集会中に、突然明後日の方向を指さして、「ほらっ!あそこにいるっ!」などと大声で叫び出したかと思うと、いきなり何処かへ逃げ出したこともあった。後日職員室に呼び出して何がいたのかと訊ねても、「話しても仕方がない」などと嘯ぶいて、

「まあ、随分と目立っでいだがらなァ。他の童がらすっと、あんまりおもしぇぐはねえべなァ」

しかも、それだけではなかった。どういう訳か、彼の身体中には終始生傷が絶えなかったのだ。

「傷に関しではいろんな噂があったわけだげど、今考えるとどれもこれも嘘くせぇべなァ」

勇吉は隣の町まで出向いては、中学生にまで喧嘩を売っている。そのせいで生傷が絶えない、と児童達が真しやかに囁ささやいていた。

頭は良いが、いきなり突拍子もない行動をするし、喧嘩っ早くて手が付けられない。職員室の間でも、勇吉に対するイメージはそのように固まっていた。

彼の担任は大学を卒業したばかりの女の先生が担当していた。

何処となくオドオドとした態度の彼女は児童達に舐められていたようで、学級の中でも身体の大きい勇吉には恐怖心すら抱いていたようであった。

「おっかながってばっかしいても、しょうがねえべなァ。子供とはきちんと向き合わねぇとなァ」

児童に対する態度に関して、佐竹さんは何度もその女教師に指導をしていたが、なかなか改善されなかった。

職員室内でも勇吉に対しては何処となく遠慮したような態度が蔓延はびこっており、彼女を擁護するような意見も多かった。

あるとき、佐竹さんが校内を歩いていると、屋上のほうから大声が聞こえてきた。

誰かが怒声を発しているような、ものものしい雰囲気が感じられる。

急いで屋上に駆けつけると、数人が輪になって誰かを取り囲んでいる。

一体何事かと思って、その輪の中へ視線を動かすと、その中では派手な喧嘩が行われていた。

図体のでかい男児が、マッチ棒のように痩せ細った男児に、何度も何度も拳を振り上げている。

勇吉が気に入らない男児を殴っており、それを勇吉の取り巻きが囲んでいる。ぱっと見では、こう考えてしまうのも仕方がない。

佐竹さんは慌てて仲裁に入ったが、勇吉の激しい攻撃は止むことがない。

体罰は反対だったが、致し方ない。

佐竹さんの分厚い平手が、紅潮している勇吉の頬を張った。

甲高い音とともに我に返った勇吉は、下り階段へと向かって一直線に走っていった。

勇吉がいなくなったと同時に、周囲を取り囲んでいた連中が、一方的に殴られていた児童へと駆け寄った。

そして、佐竹さんの目の前で繰り広げられている光景を見たことで、ある疑念が彼の中に生まれたのであった。

「……囲んでる連中がな、勇吉を睨んでいたんだずなァ。皆」

一見すると集団で弱者を取り囲んで、一番喧嘩の強い勇吉が一方的に殴り倒している図にしか見えなかった。

しかし、何処か不自然に感じられたことも確かであった。

最初はその意味が分からなかったが、突然その理由にピンと来たという。

「我ながら、おがしな考えだとは思ったんだけどなァ……」

もしかしたら、いじめられているのは勇吉のほうではないのだろうか。

周りの連中の憎々しい視線とその後の態度から、それしか考えられない。

しかし、一方的に殴られている児童は一体何だったのか。

また、周りの連中が勇吉の敵であったなら、何故全員で止めるなり返り討ちにするなりしなかったのだろうか。

勇吉の担任に訊いてみると、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように言った。

「一人でいるのが好きなんですよ、あの子は」

この先生は長続きしねえな、などと考えながら、佐竹さんは独自に調査することにした。

勇吉との関係について、佐竹さんは児童達に感づかれないように、細心の注意を払いながら聞き込みを始めたのである。

そして分かったことの一つが、勇吉に友達と言える人物が一人もいないことであった。

案の定、イジメを受けているのは勇吉のほうであった。

彼が受けているイジメの方法は、クラス全員による徹底的な無視であった。

勇吉はそれらの仕打ちに抵抗しようとして、暴れていたのだ。

自分をこのような目に遭わせている首謀者を何とかして探し出すと、その人物に対して攻撃を仕掛けたのだ。

だが、彼らが選択した行動は、更に勇吉を追い詰めるものであった。

殴り返してきたりすれば、勇吉はまだ嬉しかったかもしれない。

しかし、彼らは勇吉を徹底的に無視した。

殴られているほうも一切手を出さなかったし、周囲の者達も示し合わせたかのように一切手を出さずに、ただ睨んでいただけであった。

「あまりにも酷過ぎんべな、こりゃ。到底信じられねえべ」

教え子達のあまりの非道さに我慢がならなくなった佐竹さんは、児童を一人一人呼んで指導することにした。

だが、子供とはいえややこしくなってしまった関係は、なかなか回復しない。

佐竹さんはどっしりと構えることにして、彼らの関係を極力介入せずに見守ることにした。

数カ月経っても、勇吉はクラスで孤立していた。

しかし、変化がない訳ではなかった。

その何人かは比較的積極的に勇吉に話しかけるようになったが、今度は勇吉が頑なにそれを拒み始めたのである。

佐竹さんは、長い嘆息を漏らした。人間とは、何て面倒な生き物なのであろうか。

そんなとき、体育の時間に勇吉の全身に痣が浮き出ていることに気が付いた担任から、佐竹さんに報告が入った。

佐竹さんはその報告に疑問を持った。何故なら、あの屋上の一件以来、構内で喧嘩をしている勇吉の姿を一度たりとも見なかったからである。

とすると、噂話のように隣町まで喧嘩しに行っているのであろうか。

しかし、それだけはないと断言できる。

勇吉と二人で話したときすぐに分かった。

あの子は、そのような面倒臭いことをする児童ではない。

非常に頭の回転も速く、本来大変温和な児童であった。

実際、喧嘩をしている彼を見たのはあの屋上だけであり、それすら自分の置かれている境遇を改善しようとして採った方法に過ぎなかった。

大体、勇吉は学校が終わると一目散に帰宅していることは、確認済みであった。

とすると、後はアレしか考えられない。

想像することすら痛ましく、唾棄すべき考えであったが、最早これしかないのではないか。

ある日の放課後、彼は勇吉を呼び出して、話を訊いてみた。

「んだなっす。家の中で虐待にあってたんじゃなかんべなァ、と」

佐竹さんの問い掛けに対して、勇吉は真っ向から否定した。

だが、佐竹さんは見逃さなかった。恐らく彼の癖なのであろう。彼はどうやら、嘘を吐くとき、必ず両目が泳ぐのである。

佐竹さんは勇吉の親御さんにも話を訊いてみることにした。ある日の夕刻に勇吉宅を訪問して、彼の置かれている状況と今後を話し合ったのである。

それは勿論表向きの理由で、真の目的は虐待の有無の確認であった。

しかし、いついかなるときでも両親の前では正座をして、まるで小動物のように俯きながら小刻みに震えている勇吉を見た途端、例の唾棄すべき考えが真実であることに合点がいったのである。

彼の両親は勇吉の心配をしている可哀相な夫婦の芝居をしているが、佐竹さんの目は誤魔化せない。

両親の身体が少しでも動く度に、勇吉の全身がびくっと硬直する。

これはもう、虐待しか考えられないではないか。

「一向に埒が明がないもんで、若気の至りでつい……」

佐竹さんは勇吉の右手首を掴むと、長袖のシャツを肘まで捲り上げた。

そこにはカッターナイフのような刃物で幾度となく切りつけたような痕と、紫色に変色した円形の痕跡が疎まばらに点在していた。

「結局なァ、助けられながったんだずなァ」

虐待の証拠を掴んで佐竹さんは興奮していたが、事はあまりにも早く動きすぎて、それに対応することができなかった。

その翌朝、佐竹さんが出勤前の身支度をしていると、黒い有線電話がけたたましく鳴った。

受話器を取った佐竹さんは、その内容を聞くなり、驚きのあまり言葉を発することができなくなってしまった。

「勇吉がなァ、沼に浮かんでいだっていう報せだったずなァ」

時代も関係したのであろうか。勇吉の死は大して調査もされずに、不慮の事故ということになっていた。

佐竹さんは虐待の話を持ち出して、警察に再調査を依頼しようと試みたが、結局意味をなさなかったのである。

「葬式には勿論出だげっども。案の定、勇吉は化げで出だみてえだったずなァ」

悲しそうな表情をしている両親の背後に、空恐ろしい表情を浮かべた勇吉の姿があったのを、佐竹さんを含む数人が目撃した。

その全身はずぶ濡れで、真っ青な顔色をしていたそうである。

「それがらすぐだったなァ。勇吉の父母がおがしくなってしまってなァ」

間もなく勇吉の両親は奇行が目立つようになっていき、親戚らしき数人とともに、何処か知らない所へと引っ越してしまったのである。

「勇吉はなァ、よっぽど口惜しがったんだべなァ」

両親を後部座席に乗せた白いセダンがこの町から出ていこうとしているとき、その屋根に目が釘付けになった町の人々は、一人や二人では済まなかった。

勿論佐竹さんを含む十数人の人々が、白いセダンの屋根にしっかりとしがみついている、勇吉の姿を目撃していたのである。

山野夜話シリーズ

山野夜話(抄)第一夜(東北地方)

山野夜話(抄)第二夜(東北地方)

山野夜話(抄)第三夜(東北地方)

山野夜話(抄)第四夜(東北地方)

山野夜話(抄)第五夜(東北地方)

山野夜話(抄)第七夜(東北地方)

山野夜話(抄)第八夜(東北地方)

山野夜話(抄)最終夜(東北地方)

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