山野夜話(抄)第七夜(東北地方) | コワイハナシ47

山野夜話(抄)第七夜(東北地方)

「こつげな所に住んでっとなァ、自然と愉しみも決まってくるわけだずなァ」

佐竹さんはそう言いながら、青光りする愛用のカーボン製渓流竿を手に取ると、大事そうに布で磨き始めた。

自然の中で暮らしていると、趣味もそれを利用したものが主になってくる。

ある人は山に入って狩りを行い、またある人は菜園等に力を入れている。

そして佐竹さんを始め一部の人達は、川や沼で魚達と対峙するのである。

「まァ、趣味が似通っていっど、結構気が合うもんなんだげど。おらァ、奴だけは駄目だったなァ」

佐竹さんはそう言いながら何度も頷くと、仕舞われた渓流竿の柄を握って、合わせる格好をして見せた。

小国という男は五十歳代後半で、集落に住んでいる誰からも煙たがられていた。

何故なら自分の意見や行動に一貫性が一切なく、まるで風見鶏のようにころころと向きを変えていたからである。

何の仕事をしているのか、何故か羽振りだけはすこぶる良く、自宅には高級品がごろごろと転がっているとの噂もある。

飽きっぽい性格らしく、ある日突然狩りを始めると言い出しては高級品を買い揃えるが、それが一週間も続けば良いほうであった。

数日後には興味は他のものに移行してしまい、結局それらの〈買っただけで使わなかった道具類〉が家中に氾濫している、とのことらしい。

「使わないんだったら誰かに安く売るなり捨てるなりすればいいのになァ。奴はそれだけは絶対にやらながったんだ」

何故なら、それらの使われない高級品も、彼にとっては立派な使い道があったからである。

「奴はなァ、自慢ばっがりするんだずなァ。しかも、ぺらっぺらに薄い話ばっがりでなァ」

小国は自分が買って使いもしない高級品を持参して、その趣味を持っている人物の家を訪ねて歩いたのである。

わざわざ訪ねてきてくれた訳であるから、無下には追い返せない。

酒や肴、煙草まで振る舞って来訪者をもてなす訳であるが、基本的に小国は自分の自慢話しかしなかった。

家の主が話をし始めると露骨に厭な顔をして、自分の自慢話をするまでは決して帰らないような男であった。

「こごにも何回が来たげっども、実におもしぇぐねぇ話ばっかりしてけつかる」

その被害に遭った人々は、小国が自宅を訪れると居留守を使うようになっていったのである。

ある夏の夜の晩。

仕事から帰って晩酌の準備をしていると、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。

いつもだったら誰が訪ねてきたのか窓の隙間から確認してから対応していたのであったが、今回ばかりは油断してしまったのか、そのまま扉を開いてしまった。

するとそこには、神妙な顔つきをした小国が、しょんぼりと佇んでいた。

一瞬しまったと思ったが、出てしまった以上は応対しなければなるまい。

そう思い直して、佐竹さんは小国を家の中へと招き入れた。

「今日はどうしたべなァ。まだ、でっけぇ岩魚でも上げたんがい?」

まるで台詞でも読み上げるかのように無表情のまま言葉を発したが、いつもとは違って小国は何も言ってこない。

ただ青白い顔をしたまま、薄ぼんやりとした表情で、空を見つめている。

「おらァ……おらァ……おらァ、謝りたくてなァ」

まるで生気を失った表情のまま、小国はぼそりと小声で呟いた。

「おらァ……おらァ……おらァ、皆と仲良くなりたがっただけだったんだァ」

涙声の混じった湿っぽい口調で、小国は頭を垂れた。

いつもとは全く異なる小国の態度に、佐竹さんはどう言葉を掛けるべきか見失ってしまった。

上手く言葉が出てこずに苦心している彼に向かって、小国は言った。

「ありがどさまありがとう。ホントに、ありがどさま」

そして頭を垂れたまま、すっとその場から消え失せてしまった。

佐竹さんはきょとんとしたまま、暫くの間、呆然と立ち尽くすしかなかった。

「何となァ、小国の奴。迷惑かげた皆のとごまで現れたみたいなんだずなァ」

佐竹さんの所に現れた時間とほぼ同じ頃に、小国は自慢話をして困らせた人々の前に一斉に現れていた。

そして、謝罪したままその場で消え失せる、といったことまで同じであった。

「最初は得体が知れなぐて、おっかながったんだげど」

その理由はすぐに皆に知れ渡った。

その頃、小国は遠い街まで出かけており、そこで交通事故に遭って亡くなっていたのであった。

その不思議な出来事の数日後、小国の妻が佐竹さんの家を訪れて、高そうな釣り道具を持ってきた。

「小国の遺言なもんで、どうが、貰ってけろ、な」

話を訊くと、どうやら最近小国が彼女の夢枕に立って、言ったそうだ。

生前迷惑を掛けた皆に、お詫びとして形見分けしてほしい、と。

「ほらっ、この竿なんか奴の形見なんだずなァ」

そう言って、佐竹さんは蒼く輝く渓流竿を軽く振って見せた。

山野夜話シリーズ

山野夜話(抄)第一夜(東北地方)

山野夜話(抄)第二夜(東北地方)

山野夜話(抄)第三夜(東北地方)

山野夜話(抄)第四夜(東北地方)

山野夜話(抄)第五夜(東北地方)

山野夜話(抄)第六夜(東北地方)

山野夜話(抄)第八夜(東北地方)

山野夜話(抄)最終夜(東北地方)

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