御岩神社~地球に立つ光の御柱~(茨城県日立市) | コワイハナシ47

御岩神社~地球に立つ光の御柱~(茨城県日立市)

日立鉱山から本山トンネルを抜けて道沿いに行くと御岩神社が現れる。

宇宙飛行士が宇宙から地球を見た時だ。この場所に光の筋を見た。

光の御柱が立っているように見えたそうで、今はかなりのパワースポットになっている。

この神社は徳川光圀公が好み、水戸藩士たちも山の頂上にある神社まで登っていた、歴史ある霊山なのである。

大門をくぐると、門裏に『神徳』と書いてある。

神と徳川のイメージで書かれたものか、本来の意味での神徳かわからないが、徳川家が好みそうな山奥の険しい神社だ。日光東照宮に似た雰囲気がある。

いつものプロ同行者の会田さんと、軽装で頂上のカビラ神社を目指すことになった。単純な山道の先にあるものだろうとたかをくくっていたが、そうではなかった。

道のわきを小川が流れ、丸木橋を渡るような山道、次第に木の根をつかんで進まないと難しいような本格的な山登りになった。神社の入り口で杖を貸し出ししていた意味がわかった。しかし杖も邪魔になるだろう、素手で道をつかむ、腕ひとつで這い上がるような道になっていった。

「これは修験道に近い山だったのかもしれませんね、あるいは水戸藩士を着てるために造られた神社とか」

と会田さんに話した。何より湿り気ある道のせいで、足元が滑りやすい。普段着で行くのは危険だと判断した。会田さんも息を上げていた。

「これをわらじだけで登ってた昔の人はすごいですよね」

僕は登山が大嫌いで、本格的な海好きなのだ。海が好きなのは、砂浜までが平地だからだ。

どうして人は山を登りたがるんだろう。人生の中でも多くの壁が待っていて、それを超えたりくぐったり、脇道から回り道して壁を避けたりして苦しむ。なるべく山を越えないように進みたいものなのに、なぜ人は山登りなど危険な行為をしてまで頂上を目指すのだろう。

そう自分に言いながら歩いた。霊より山登りのほうが嫌いだ。

「なんでこんなことになったんだろ、僕は山登りが大嫌いなのに」

亡くなった父は登山が大好きで、小さい頃はやたら連れて行かされた。それが嫌でしょうがなかった。

「人生は山登りみたいなもんですから」

振り返った会田さんが、汗をかきながら笑って言った。

その時、会田さんの顔が父の顔に見えた。

「苦労して歩くことを知らんなら、良いものはできん。ひとつひとつ踏みしめて歩け、危険はいつもある。それが山を登ることたい」

そんなメッセージが耳に聞こえた。

不思議なもので、父を思い出すと涙が出る。そこまでファザコンでもなく厳しい父だったというのに。そういうときは、本当に亡くなった人の霊が自分の近くにいるときなんだと感じている。

体力のない僕に、会田さんが手を差し伸べた。

「海生さん、あともう少しですから」

その手は、幼少のころに握った父の手に似ていた。一人で歩めない道は、仲間と歩け、どんなことも、歩く苦労を知ってこそなんだ、口下手な父は子どもに説教するよりも山を歩くことで人生を知れ、と思ったのだろう。

先の見えないゴールは、一番ハードで険しい急こう配の先にあった。

神社の鳥居が輝いて見えた。こんなにも美しく見える神社があるだろうか。

僕は今まで以上に深く頭を下げ、祈った。

それがカビラ神社だ。石段の上に小さな社殿があり、一段一段踏みしめて登った。光の御柱は登る人々の思念や祈りではないだろうか。

そこから山頂にいくコースもあったが、もうこの峠で十分だった。見下ろすと県全土が見えるような場所がある。ホウっと声が漏れるような絶景である。

きっとここで光圀公は藩の情勢を見下ろし、政治を考えたのではなかろうか。

日立というこの地名も光圀公が付けた。もちろん日立鉱山、日立製作所はこの地名から名付けられたものである。

日が立つ場所、光立つ場所。下山し、帰りに門を通過するとき『神徳』の言葉を見ると、なるほどと思った。

自分自身の精神こそが、自分自身に徳を与える。

登るか登らないか、自分の限界を破る者だけが新しい徳を得る。

強き茨城人、水戸人の精神をここに感じた。

ここにある重要文化財の三本杉はまっすぐ天に向かってそびえている。

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