――人を轢いてしまいました。場所は……。
一一〇番に寄せられた通報を元に、県警本部から指令が入る。
「またか」署員からはため息が漏れた。行かない訳にはいかないが、どうにも腰が重い。
ある時期を境に、その警察署には同じような通報が寄せられるようになった。
そこまではほぼまっすぐに進んできた県道が、地下を掘り下げたトンネルに入ると同時にぐにゃりと大きくカーブする。四角い箱の中を、白い照明灯が点々と照らす。
夜中。車を走らせていると、目前に人が落ちてくる。或いは突然、車道に人が立つ。
センターポールの並ぶ、片側一車線。脇には鉄柵越しに歩道が続く。
当然、急には避けられない。大きな衝撃。ガシャンと鈍い音。
――やってしまった。トンネル出口に車を駐めて、震えるその手で通報する。
パトカーが、事故処理車がやってくる。ドライバーを取り囲み、事情聴取が始まる。
けれども。路面にはブレーキ痕こそあれ、血の一滴も落ちていないのだ。
「何かの見間違い、ということはありませんか」分かっていても、訊かざるを得ない。
――そんなはずはありません、だって、ほら。
顔面蒼白のドライバーが指さす先、ハザードランプを灯した車のフロントガラスにヒビが入っている。或いはボンネットが凹み、フロントライトが割れている。
物理が、何かとの衝突を物語っている。こうなると、嫌でも捜索せざるを得ない。
トンネルを端から端まで辿ってみる。入り口付近の草もかき分け、探してみる。
けれどもそこには、人は当然のこと、小動物の死体一つないのだという。
「あそこはさ。津波のとき、完全に水没してる訳よ。周りから御遺体が流れ込んで。何体も何体も出てきたよ。排水するまで、トンネルの中を漂ってたんだろうな」
仙台近郊、沿岸部某市勤務の警察署員から聞いた話である。