私の友人、高木の話である。
高木の実家は、宮城県某所でペンションを経営している。
両親ともに都会の人間なのであるが、当地の自然の美しさに惹かれ、移住してきた。高木はそこで生まれ、育った。
ところで、このペンションには、「何かがいる」のだという。
より正しい表現をするならば、客室ではなく「プライベートスペース」、つまり高木の家族が暮らす住居部分に。
こんなことがあって――と高木は話してくれた。
四歳か五歳頃のこと。
両親が仕事で忙しいため、高木は幼いながらも一日のほとんどを独りで過ごしていた。
一家が揃うのは、宿泊客への夕食の提供が終わる二十時頃。
それまで、ひたすらビデオを観て、ゲームをして時間を潰すのだ。
大好きなアニメ映画は、すっかりセリフを覚えてしまうほどに。
陽がとっぷりと暮れている。窓の外は、どこまでも続く黒い森である。
階下からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。
お母さんが作る、この宿自慢の御飯だ。
ということは、あと一時間ぐらいは独りぼっちなのだ。
布団にくるまり、ごろごろしながらそんなことを考えている。
この時間が、一番心細い。
お母さんやお父さんの声は聞こえているのに、話すことも顔を見ることもできない。
おまけにお腹も空いてくる。
それに――この家は、何だか時々、とても怖く感じることがあるのだ。
お母さんと、お父さんと、私。それ以外に、誰か。
だから、部屋の扉は必ず開けっ放しにしている。
閉ざされた空間でそれと二人っきりになるのは、とてもじゃないが耐えられない。
ああ、ほら、気配がする。
扉の脇から、こちらの様子を窺っているのはいったい誰?
幼稚園の子よりも、なお小さい。身長は五十センチぐらいだろうか。
廊下は明るくて、こちらは暗いけれど、影と呼ぶには黒過ぎるんじゃないかしら。
クレヨンで塗り潰したみたいに、頭の先から足の先まで真っ黒い。
顔なんて分からない。
目がどこにあるかも分からない。
それなのに。
こちらをじっと見つめているのが分かる。首をちょこんと傾げて。
「入ってきちゃダメなんだからね!」
叫んでみても、反応はない。
ああ、こちらに来たらどうしよう。
お母さんも、お父さんもここにはいない。
大声を出してもきっと、来てはくれない。
廊下の明かりがわずかに射し込む、暗い暗い部屋。
得体の知れない何かと、見つめ合って。
目を逸らしたら、入ってきそうで。
ああ、本当に厭だ。