奥の院への夜のお参りは毎年続いた。
同じ所にその三人が立っている。
あれはそういうものかと思っていた。
高校生になった冬のこと、「お塩を清めに行ってくれ」という声が聞こえ出した。
夜になると、耳もとでささやかれる。
Mさんは、幼い頃死んだお父さんの声だと感じた。
「お塩を清めに行ってくれ」
高野山でお塩清めのお参りがある。
冬に裸足で行う儀式らしい。
Mさんは、その年冬の高野山をひとりで登り、手に一握りの塩を持って裸足で奥の院の道に入った。
小川まで来た。
いつも森の中に立っている三人がいない。
夏だけのものなんだろうかと小川を渡ろうとした時、水の中から三本の手が出てきて、あっという間に足首を摑れて引きずり込まれた。
子供のひざまでもない浅い流れなのに、足を引きずられて立てない。
助けて。
思わず握りしめていた塩を手放した。
気がついたら、小川の傍に倒れていた。
怖さと寒さで山を下りた。
帰るなりお母さんに「あんた、どうしたん。背中から血が出てるよ」と言われた。
あわてて着ているものを脱ぐと、服の背中に血がにじんでいた。
痛みがないのでまったく気づかなかったが、長さ四十五センチもの切り傷があった。
傷の大きさの割には出血は少なかったが、それより不思議なことに脱いだ服はまったく切れていなかった。
いつ、誰に切られたのかまったく覚えがないし、母親に言われなければ、気づきもしなかった。
あれから二十数年、Mさんの背中には今も傷跡が残っている。
高野山へのお参りは今も続いているという。
武者はあいかわらず森の中に立っているが、不思議なことに年々朽ちていくのだそうだ。
今は骨になった片腕のひとりだけが立っている。