Y君は小学生の頃、神戸市の山の手に住んでいた。
Y君の家には、よく友だちのU君が遊びに来た。
U君は、二階にある見晴らしのいい彼の部屋で遊ぶのが好きだったからだという。
あるとても天気のいい日。ベランダにいたU君が急に声をあげた。
あれ、とU君が外をゆび指した。
遠くの家の屋根の上に誰か立っている。
おばさんだ。
遠くにいるが、茶色の上着に白いズボン、そしておばさんだというのが判る。
屋根の上に立って片手をまっすぐ前に出し、なにかをゆび指している。
なにしてんやろ?あのおばさん。
ふたりとも子供心に、屋根の上に立っているおばさんが、なんだかすごい人だと妙な感心をした。
ひと月ほどしたある日、またU君が遊びに来た。
この前、屋根におった変なおばさん、今日もおるやろかと、ベランダに出た。
いる。前よりも近い家の屋根の上に。
茶色の上着に白いズボン。この前と同じ方向をゆび指している。近づいたおかげで髪にパーマがかかっているのが判った。
「まえより近くに来てる。あっちになにかあるんかな」とU君。
おばさんが指しているのは陽が沈む方だから、西だ。
この時、ちょっと怖くなった。
しばらくして、またU君が来た。
いっしょにベランダに出てみると前よりも、もっと近くに来ている。
おばさんの服がはっきりとわかった。茶色のジャージに白いトレパン姿だ。
六軒隣の屋根に立って、まっすぐ西を指している。
考えてみたら、Y君はひとりでそれを見た覚えがない。不思議なことに三度目ともU君と見た。
そこへお母さんが上がって来た。
「かあさん、あれ誰」
屋根をゆび指したが、もう誰もいなかった。
それからしばらくしてY君は東京に引っ越した。
最近久しぶりに再会したU君も、おばさんのことはちゃんと覚えていた。
「次はおまえの家の上に来るんとちゃうかと思って、昔は怖かったっけ」
U君がポツリと言った。