濡れ女(三重県) | コワイハナシ47

濡れ女(三重県)

あるバスの運転手さんから聞いた話。

三重県のドライブインでの休憩中、「これは昨夜あったことや」と興奮気味の声を耳にして、話の輪に入った。

その話の主は中年の男性だった。

近くの島に釣りにやって来たのだという。

昨夜、釣り人たちがよく利用する簡易宿泊所に泊まった。宿泊所は夜中は無人になる。朝にならないと主人も従業員も来ない。

部屋は畳敷きのふた間を割り当てられた。

翌朝にそなえて早めに床をとった。

真夜中、大きな水滴の音で目が覚めた。

その音が、異様なほど部屋に響いている。

かなわんなあ、蛇口くらいちゃんと締めとけよ。止めに行かなあかんがな、と思った。

おや?寝るときは確か真っ暗だった。

ところが今はまわりがよく見える。

真上の蛍光灯は消えている。はて、ほんならなんで部屋が明るいのやろ?

布団から上半身を起こすと、寝る前に吸っていた煙草の吸い殻のたまった灰皿が卓袱ちやぶ台だいの上にあるのもはっきり見える。

枕元のうしろを振り返って、息を吞のんだ。

背を向けた女が立っている。

姿から、海女だとわかった。

その全身がぼうと光って部屋を照らしている。

大きな音は、畳にできた水たまりに白い衣装から一滴、一滴、したたり落ちる水音だった。

あまりの怖さに、お前、こんなとこでなにしとんのやあ!と大声で怒鳴った。

すると、背を向けている女が、すっとこちらを振り向きかけた。

両手になにかを抱いている。

赤ん坊だ。

その子もずぶ濡れで、水がしたたり落ちている。ところがその子の体から落ちる水滴は、畳に落ちても音がしない。

右手がすっとなにかを差し出した。見ると折られた新聞だ。

読め、と言われているような気がして思わず受け取った。

怖くてその新聞が濡れていたのかどうかもわからなかった。

ただ手が勝手に新聞を広げた。

〝母子無理心中〟

なぜか端にある小さな見出しだけが読めた。

ぞっとして、逃げるように隣の部屋へ這い出した。襖を閉めて灯りをつけ、そのままじっと朝を待った。

夜も明け、勝手口から物音がしだした。

宿の者がやっと来たかと勝手口へ走った。

ちょうど台所に上がった主人に向かって、ここ、お化け出るやろ、出るやろ、出んとは言わさん、ワシは見た!とたたみかけた。ぽかんとした主人は「なに言うてますのや。そんなもんうち出ませんで」と言う。

死ぬか思うほどワシ怖かったんや。ほんまのこと言え!隠すな、ここなにかあるんやろ?と問い質ただした。

「いや、ほんまにそんなことおまへんて。うちも長いことここで商売やってて、この家にお化けが出たちゅう話、聞いたことおまへん」

いや、そんなことはないと、ついさっきの話をした。

「そんなん出ましたか?」と主人は顔色を変えた。

出た!

「うちに?」

出た言うとるやないか。なにがあった?思い当る節あるやろ?

すると主人は思い当る節はありますと言いながら、首をひねって「しかし、うちに出ましたか……」と不思議がる。

あるんやないか、やっぱり。なんちゅうところに客泊めるんや。

「いえいえ、海女さんの心中でしょ?赤ん坊抱いてでしょ?それ、ほんの数日前に確かにありました。私も新聞読んだんで知ってます。でもね、それ、ここから随分離れたところです。確かにその海女さんは地元の者もんですけど、自分らの仕事場を汚したくなかったんでっしゃろなぁ、ここから何キロも離れた所で心中しよったんです。それにね、その女とうちとはなんの関係もおません。それがなんでうちに出たんでしゃろ?ほんまに知らん人です。お客さんの遠縁の方やないですか?」と言われて、逆に驚いた。

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