Fさんが山陰地方に出張に行ったときのこと。宿泊先は古い旅館だった。
通された和室には、床の間に掛け軸があるだけだった。
その掛け軸には一本の柿の木と童が描かれていた。
枝の先には柿がひとつなっていて、着物姿の男の童が枝に登って、それを取ろうと手を伸ばしている。
下には、やはり着物姿の女の童が上を向いて両手を伸ばしている。落ちてくる柿を受け取ろうとしているのだろう。
ほかになにもないので、お茶を飲みながら、Fさんはしげしげとその絵を眺めた。
夜中に、ふっと尿意で目が覚めた。
枕元の灯あかりをつけ、半身を起こして振り返ると、掛け軸が目に入った。
…………あんな絵だったかな。
絵の中の男の童が枝からまっ逆さまに落ちている。しかも下にいる女の童は、差し出していたはずの両手を後ろ手に組んで、にこにこと笑っている。
まるで男の童が落ちてくるのを楽しんでいるようだ。
絵がちがう!
その時とん、といきなり上から肩を押されて、仰あお向むけに倒された。あわてて起きあがろうとしたが、身体が動かない。
もがいていると、どこからともなく子供のはしゃぎ声が聞こえ、それがだんだん近づいて来る。
怖くなって目をつむると、ばたばたと布団のまわりで追い駆けっこをはじめた。
やがてぽんぽんと、布団の上を跳びはじめた。
「わっ」と声を上げると、妙な気配は消えた。
…………夢か。
Fさんは起き上がってトイレに行った。
布団にもぐりこみ、枕もとの灯りを消そうとした時、かすかに子供の声が聞こえた。
掛け軸を見ると、今度は柿の木しかない。
童がいない。……ぞくっとした。
「ねえねえ」と声がして、後ろから小さな手でとんと肩を叩たたかれ、思わず布団をかぶった。
布団のすぐ側を子供たちの音が走り回っている。
こんなことあるわけがない、を何百回も小声でくり返して子供の音を消そうとした。
急に声と足音が止まって、しんと静まり返った。
布団のすき間からそっとのぞくと、床の間に掛け軸が落ちていた。