四十年ほど前の話である。
広島県のN高原で、小川をせき止めて貯水池を造る工事が行われていた。
その日、作業がはじまろうとしていた時だった、水が溜まりはじめた池の端に止めてあったパワーシャベルが、池にむかって斜面をすべりはじめた。
池に入っても昨日まで小川だったものだ、それにキャタピラはぬかるみには強い。アームも使えばすぐに出せると誰もが気にも留めなかった。
ところが斜面に突き立てたアームなどおかまいなしに車体が、ズブズブと沈んでいく。
「おーい、ちょっとこれ引き上げてくれ」と、とうとう乗っていた作業員が別のパワーシャベルを呼んだ。ワイヤーでつないで引き上げようというのだ。が、それでもまったく沈下が止められない。
作業員はパワーシャベルを降りて、膝まで水に浸かりながら、地上にいるパワーシャベルに近づいた。
たいした深さではない。もっと思い切り引っぱり出してくれと指示した。
振り返るとすでに操縦席の半分まで沈んでいる。
気のせいか沈む速度が早くなっている。
そんな馬鹿な。昨日までは小川だったのにと思っている横を、もう一台のパワーシャベルも池に引きずりこまれはじめた。
先の一台はもうほとんど沈んで見えなくなっている。
「いかん、ワイヤーをはずせ!」
遅かった。ワイヤーをつないだまま、二台目の車体が縦に立ち上がるとあっという間に沈んでしまった。
寸前まで乗っていた作業員が降りるのがやっとだった。
人だと膝までつかるくらいの深さしかない。しかも昨日までは小川だったのだ。
なにがどうなったのか、作業員全員で呆然と二台のパワーシャベルを吞みこんだ池を見つめた。
その後、膝までしかない水たまりのような浅い池を掘り捜したが、二台のパワーシャベルを見つけることはできなかった。