近所のおばさんの子供の頃の話。
おばさんは山口県の農家の出身である。
当時、家では何頭かの牛を飼っていた。ある時、仔牛を産んだばかりの母牛の乳が出なくなった。
子供が育てられない母牛はお金がかかるからと、処分することになった。
その場所が裏山の山頂にある。
牛舎から引き出された母牛は、何度も何度も仔牛のもとに帰ろうとしたが、力ずくで山へと連れて行かれた。
その夜。
仔牛の母を求める鳴き声が響いていた。
おばさんは便所に行こうと、母親と一緒に裏庭に出た。すると裏山のてっぺんに赤く丸い形のものが明るく輝いて見える。
その丸い光が突然こちらに向かって動き出した。
木々の間を抜けてくるからだろうか?揺れるようにして山の斜面を降りてくる。
「なにあれ!」
と言っているふたりに向かって、ぴしっ、ぱしっというムチを打つ音に似た大きな音を立てて近づいてくる。
それが裏庭に入った途端、急にゆっくり静かになった。近くで見るとものすごく大きな赤い玉だ。それがそっと仔牛のいる牛舎に入った。
しばらくして、中から仔牛の長い長い一声が聞こえ、やがて静かになった。
「牛魂」とお母さんがつぶやいた。
牛魂は米俵ほどもある大きさだったそうだ。