鹿島神宮ループ(茨城県鹿嶋市) | コワイハナシ47

鹿島神宮ループ(茨城県鹿嶋市)

鹿島神宮は古代の神をまつる神社で、四方に鳥居がある。霞ケ浦と太平洋を挟んだ中州のような位置にある。古代は島であっただろう土地の形状や木々の根の形をしている。

茨城の風土は亜熱帯気候ではないが、温暖で土壌も豊かだ。根の形状は南の島にある木々のようだった。何千年も昔には、熱い気候があったやもしれぬ。

日本三大神宮であり、他は名古屋の熱田神宮、千葉の香取神宮がある。

ここに大きな太刀が飾られている。鉄から作った代物で、一銀のギラリとした輝きは、いにしえの戦いの神の畏敬を表すかのようだった。

そして人々が浸かってもあふれぬという不思議な神の泉。

山からの美しい湧き水が、この神宮をすっぽりと神の域として覆う。

そしてこの大太刀も、清水がなければ研ぎ澄まされぬ。

清き水は雑魚には生きづらいが、美しい刀を生む。

「勝つのは正しい者だ。正しくない者は負ける」

刀はそう僕につぶやいた。いや、鹿島神宮の声やもしれぬ。

そして鹿島灘の太平洋の見える砂浜に出た。

僕の名前そのまま、海が好きだ。特にこの茨城の海が好きだ。

三百六十度の地球を感じる丸い水平線は、静かな波と風を寄せる。

隣で茨城人が陽気に話しかけてきた。鹿島に住むサーファーだろうか。

「いや、どうも。この辺の人じゃないですよね」

「はい、東京から来ました」

「俺も昔あっちで仕事してたが色々あって辞めた。この海に来ると神に会える気がすんだよな。どっちが正しいかなんて、人間のやることなんてちっぽけだから、ここにきて聞くんだよ。神か人か。そりゃもう、神だろってな」

「神、ですか……確かにここにいると心が洗われます」

「そうだなあ。海にも神様がいるし、山にも神宮にもいる。大事なことは正しいかどうかだよ。ずりい奴は、いつか消える。けど人間にはわかんねえときがある。迷うときは神に会え。苦しくても生きてるほうがずっといいんだから」

そう言って精悍なサーファーは去った。

東京に戻り、トラブルがあった相手と本気で闘った。

無論、いい結果にはならなかった。だけどそれでいい。正義は果たした。

鹿島神宮の神は戦いの神であり、強く荒ぶる神だ。

その念が僕の背中をおしたのやもしれぬ。

大都会から数十キロ、茨城の地は神が宿り、正義があり強く暖かい。

僕の好きなまっすぐの海岸線と同じ。

僕の心にはいつも茨城がある。

このことをイッチー夫人のわかなさんに伝えた。

この方は創香師でありかなり修行されている。

本当の話や本音を語らないと、という思いになり、初めて会うのにそうしたトラブルまで話してしまった。そして彼女との間には異様な緊張感があった。

「鹿島神宮ですか、あそこの神様は強いですからね。一銀さんがやったことは正しく良いことをされましたから、大丈夫ですよ。勝負の神様がいるんですよ」

そういえば、羽生善治さんの将棋の竜王戦も神宮の中であった。

最もすがすがしく感じた社殿の中にある。

「私の母のいとこが鹿島神宮の宮司ですよ」

と素敵な笑顔で答えてくれた。

不思議な縁があるものだと思う。

鹿島神宮から自宅のある埼玉の岩槻まで栃木の友人の車で送ってくれることになったが、ずいぶん遠回りな高速道路を使うことになった。友人の車は日産の新車で、当然ナビも新しい。自動運転がついているので、車線があるところはブレーキもハンドル操作もいらないすごい車だ。

「うちのもう一人の叔父が、肺がんの末期みたいでよ、この前も墓をどうするかなんて、縁起でもない話始めたんだよ……死期が近いのが見えるんだろか」

僕といるとみんな霊的な話や不思議な話をし始める。

車内でそんな話をしていたら、高速のインターに着いた。

普通だと常磐道から東北道で帰るか、圏央道を使う。ところが、鹿島から東関道を通り、湾岸から首都高を使えとナビの指示が出る。

「だけど新車のナビが一番早いのはこれだって言ってるから」

と、友人の話をうのみにして乗車した。

しかしどうしてもおかしいと気づいたのは、湾岸を走るとき、浦安あたりから三十分で岩槻に着く表示が出るのだ。そんなはずはない。指摘すると

「そんなら目的地間違えたか? でも、東京なんか行かねえけども」

そういって目的地を見ると、東京足立区の寺になっていた。

「なんだこりゃ? この目的地どこだ?」

友人は考えていたが、思いついたようだ。

「これ、去年亡くなった叔父の葬式やった寺だ、夏に一回忌で行ったけど、それか?けどおかしいな。しっかり俺は見たんだよ、目的地は……」

「そのお寺、もしかして肺がんのおじさんも参列した?」

「いやあ、一回忌のときは叔父も体調不良で来なかったなあ。死んだ叔父の兄貴になるんだけども」

そう言って目的地を変えた。車が自動運転で、ナビ操作も画面みてじっくりやっている友人。

しかしふと不安によぎり、ハンドルをさわったままあちこち風景を撮影して脇見運転をしている友人に注意した。

「首都高は車の量が多くて車線が消えてることがあるから、自動運転でもちゃんと前をみて運転しないと!」

すると、本当にその道は車線が薄れていて自動運転でなくなっていた。

大きく車体がカーブを曲がりきれずずれていく。

「あぶない!」

僕が助手席からハンドルを操作して、事なきを得た。

「うわあ……なんでも車のコンピューターに頼ったらあぶねえなあ」

そう彼は言ったが、その瞬間のドキッとした感覚は霊よりも怖かった。ハンドルを操作しなかったら首都高で死んでいただろう。

岩槻に着いたのは夜。僕が降りて友人は栃木まで戻っていった

「今日はまったく鹿島神宮ループだったな。関東五県、茨城、千葉、東京、埼玉、栃木までぐるっとまわったわけだ」

不思議な言葉を残して去った。

その夜、友人の肺がんの叔父が重篤な状態で倒れたと連絡が入ったそうだ。

肺がんが脳に転移していたそうで、その五日後に亡くなった。

『鹿島神宮ループ』

確かにその日お参りする前に茨城空港に寄ろうとしたら、全く見つからず、神宮に着き、鹿島灘に着いた以外はどこにも立ち寄れなかった。お店を探しても神宮に寄った場所しかなく、三大神宮の一つの香取神宮も近いのに、見つけられず、関東一円をめぐって帰ることになった。

そして亡くなられた叔父さんがその寺の弟の供養に行きたかった思いが

あの自動運転の車を操作した、とも思えた。

後日談だが、わかなさんはオーラが見える。

こっそりとイッチーさんが教えてくれた。

「悪い人は黒いオーラが見えるそうで。あまりにもよくない人は会う機会すらないんですよ」

「では会ってもらえただけでもすごいですね! オーラですごい人なんかもわかるんでしょうか?」

「はい。霊能で有名な人や徳が高い有名人などたまに金や銀のオーラがあるそうです。稀にいるそうですよ。でも聞かなかったことにして下さいね」

僕のオーラはどうだっただろうか。

わかなさんと、三時間ほど興味深い話や鹿島神宮の話をして別れた。

気になってその後メッセージでやりとりをした後聞いた。

「夫人、僕のオーラはどうでしたか?」

答えが待ち遠しかったが、すぐに回答が来た。

「あなたはキラキラした銀のオーラですよ」

最も嬉しい答えだった。そして最も運気が上がる創香をくださった。

もちろんそれからの運気はとても良い。

夫人のお母様は京都の高台寺、秀吉の正妻ねね様のお寺で副執事、尼様をしておられる。恐れ多い、神秘的なご家族である。

このご縁も『鹿島神宮ループ』と言えよう。

水戸の弘道館にも鹿島神宮の分社がある。水戸斉昭が考案した弘道館は、生涯学習ができる永遠の学び舎だった。

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