首上げ料 百里基地(茨城県小美玉市百里) | コワイハナシ47

首上げ料 百里基地(茨城県小美玉市百里)

現在はもう退役したが、この百里基地ができた頃から七年勤めた僕の伯父が体験した話だ。名を高崎(仮名)という。

防衛大を出たあと、空自官となって初の赴任地。

最初は下っ端なので官舎に入れず、民間の古家を借りていた。

隊員は官舎に入ってしまえば地域の人と密着することはなかったが、この状況なので大家さんに家賃を払いに行くときはこの辺りのは昔話や近所の話をきくことがあった。

唯一、この辺りで話す茨城の人は大家さんの他にお百姓さんもいた。

基地ができるにあたり、地域に住む人々に補償金を支払うことになっていた。それを「首上げ料」と呼んでいた。

それはこの地域はほとんどお百姓さんが住んでいたが、飛行機が何度も日中に飛び上がるたびに、手を止めて空を眺めてしまう。それで作業を止めてしまうことを補償するものだった。

眺める時に首を上げるから「首上げ料」というのだそうだ。

お百姓の一人に、ヨシさんという高齢の女性がいた。

「おれは、ゼロ戦が空に飛び立ってっときから知ってんだよお」

そう笑顔で話してくれる、明治半ば生まれの気丈な女性だった。

立ち話しながら何となく二人で空を眺める。時折練習機が轟音で飛び立っていくのを首を上げて黙って眺めている。そんな時に声を出しても聞こえやしないからだ。その日はヨシさん、不思議なことを話し始めた。

「……よく飛ぶよなあ。それはいいんだけども夜中にぴかーっと光らせて何か飛ばすの、あれが気になっぺ」

「ぴかーっと?」

夜間飛行も当然行うし、急なスクランブル(急発進)は行う可能性もある。戦闘機独特の飛行で、低空の水平飛行からほぼ垂直に一気に一万メートルくらい高度を上げる。つまりかなりの轟音が響き渡る。

丁重に謝り、どんな物体で時間は何時かを聞いておくことにした。

「いやあ、ゴオオってでっかい音立てて、夜中だし迷惑だよなあ」

「そうですか、すれはすみませんでした」

「何度もってわけじゃねえけどな」

「夜間飛行だとライトなしには危険ですので申し訳ありません」

「そうじゃねえんだよな」

詳しく聞くと、ヨシさんの話はこうだった。

夜の十時くらいに、突然轟音が鳴り、飛行機が飛び立つのかと思い、外に出てみた。すると飛行機らしきものはなかった。

代わりにかなりの大きさの円形の飛行したものが家の真上に漂っていたという。

ヨシさんが見上げると、その物体からかなり強い光が出て、ヨシさん自身が光に包まれたような感覚になったという。それくらい眩しかったそうだ。

このままだと自分が溶ける、熱いっと思ってしゃがみこみダンゴ虫みたいに丸くなったら大丈夫だった、戦時中はそうやって体を丸くしたり伏せて空襲から逃れるよう言われてたんだ、という説明があった。そうしてるうちに光は消えた。

そして、物体はすぐにひゅーんと横に飛んでいったが、飛行機の動き方とは違うから、外国の戦闘機が飛んでるのかと思い気になって見ていた、ということだった。

高崎さんは、それはお年寄りにも多くある誇張した表現だろうと思って、受け流しながら聞いて帰った。だが、「光る大きな円形の飛行機」という戦闘機は飛んでいない。

また、その周りの住人に聞いてもわからないと答え、ヨシさんが見たものが何か。

もしかして、最近日本で流行しているUFOが? とも考えたりした。

百里では戦後開拓された農地も敷地内にあり、栗拾いや果物等を狩る事ができ、それが高崎さんの楽しみだった。自衛隊員はそうしたのんびりした時を過ごすことも多かった。

ヨシさんの話を同僚にすると

「反対団体もまだまだいるからなあ、何とも言えんな」

「しかし聞いてると何だかUFOみたいな雰囲気じゃないか?」

同僚は眉をひそめて言った。

「おいおい、お前はパイロットじゃないからいいけど、パイロットが飛行中に『UFOを見た』と言うと地上勤務にさせられるって噂あるから気を付けろよ」

「てことは、地上勤務の俺はどこに行かされるんだ?」

「さあなあ。でも興味本位に言わないことだな」

同僚はやや冷めた目で彼を見た。

次の月、ヨシさんの所へ行くと『忌中』の張り紙がしてあった。

呼び鈴を押しても誰も出てこない。

ヨシさんは独り暮らしで、子供は東京に住んでいると言っていた。となると亡くなったのはヨシさんしかいない。あんなに元気だったのに。

帰りに大家さんの所にヨシさんの家のことを聞きに行った。

聞くと、彼女はつい三日前に心臓発作で倒れ亡くなったのだという。高崎さんはがっくりと肩を落とした。

「ヨシさんとはよく話をしていたので……もともと心臓が悪かったんでしょうか?」

「いや、急に倒れたんだよ。遺体見つけたのは朝、配達の人がさ。庭でぶっ倒れてたんで通報してくれて……聞くと夜中十二時くらいに心臓が止まったみたいなんだよなあ」

「夜中に……何で庭にいたんでしょうか、ヨシさん」

「さあなあ、でもこのところ空に何かあるとか言っては外に出てたみてえだよ。でっかい飛行機に呼ばれてるとか何とか。宇宙と交信でもしてんのかーって笑ってたんだあ。あんまりヨシさんが言うもんだから、まわりじゃあごじゃっぺ言うな(でたらめ言うな)って言われてたっぺ」

「そうだったんですね」

「だって、誰もそんなもの空に飛んでんの見てねえって言うんだよ」

「そうですよね、飛行機ではないようでした」

「……思ってたより、もうろくしちゃってたんだなあ。でも、いつか捕まるかもしれねっからって財産やら土地やら子供に分けたりしてて、何も面倒くせえことなくて済んだんたんだよ。ほれ、相続とか色々大変だっぺ? けども、ヨシさんはお迎えがわかってやってたんだろうかって話してたんだ」

「お迎え……ですか」

「俺ら年寄はそういうもんが上に見えるときは絶対見上げるなって言ってんだ。憑りつかれちまう。おっかねえ(怖い)もんは見ねえようにしてる。天国からのお迎えのことだ」

高崎さんは思った。

空に現れた光はヨシさんをお迎えに来ていたのだろうか。

ご先祖様か死神が。それとも宇宙からのメッセージか。

ヨシさんが天に昇っていった道筋をゆっくりと首を上げて眺めた。

その後、戦闘機の墜落等で亡くなったパイロットもいた。自衛隊の中では事故と処理されているが、空で未確認飛行物体を見たと証言たする隊員もいたことから騒ぎにもなった。

戦闘機の事故が多かった理由の一つを聞くと、遠心力などで機体がさかさまになって飛行した場合が多い。急上昇するとき、3Gなど重力の負荷があるが水平飛行だと1Gになり、パイロットにはそれがさかさま飛行や横向きの場合かどうか、わかりにくいのだそうだ。

地上の漁火が星に見え、上昇しようとして、地上や海に墜落してしまうのだ。さかさまのまま落ちることもあったようだ。これもUFOの仕業だろうか。

茨城空港と共用で現在使われている百里基地。滑走路が二本あり民間用と自衛隊用に分けられている。

関東で唯一の戦闘機が配備された航空自衛隊の基地でもあり、最新鋭の戦闘機を配備する基地でもある。昔、旧ソ連のミグが函館に亡命到着したとき、民間船に分解して茨城の港から百里基地に運ばれた。輸送の時は陸海空の自衛隊がソ連からの攻撃がないか、緊張感ある守備をしていた。

戦時中も海軍の飛行場であり、戦後は開拓団が入り農地として開墾していた。

そのため昭和四十年代には航空自衛隊の基地としてここを買収することになり、住民の反対運動なども起きたことがあった。

タクシーウェイという滑走路までの道も本来はまっすぐでないといけないのに、くの字に曲がっていたのは、その時の反対住民が土地を譲らなかったからと言われている。

UFOに関しては、遠い昔に筑波山にお釜型のものが降り立ち、天女のような女性が現れたという物語が残っている。基地からも筑波山が見える。

絶対に違うとは言い切れないところが、未確認飛行物体の奥深さだ。

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