百里基地と特攻隊霊二(茨城県小美玉市百里) | コワイハナシ47

百里基地と特攻隊霊二(茨城県小美玉市百里)

その夜、僕は親しい友人にこの百里での話をした。友人は静岡に住んでいる。

「彼らは勇敢で闘いに行ったから俺たちはかっこよかったんだよって心が伝わってきたよ」

すると友人からこんなメッセージがきた。

「いや、この戦争で苦しくて悲しくてつらい思いをした人がたくさんいる。その人たちのことを思うと涙が出て止まらないよ」

そう言って、旧日本軍の戦闘機の絵が送られてきた。

最初写真かと思ったが、絵だった。それほど精密に描かれていた。

「これは今描いたの?」

話をしながら描いたとは思えない高度な技術で描かれていた。ほんの十分くらいでこの絵が完成したことになる。

「そうだよ。今たくさんの兵隊が取り囲んでる。特攻隊の人が、みんないる」

「涙が! 止まらないよ。かわいそうで止まらない!」

友人からの連打に僕は青くなった。

以前の茨城壱でも挿絵師が特攻隊の何十人という兵に取り囲まれ、挿絵が完成したのだ。同じ現象が起きたのかもしれない。

どうしようと思っていると、さらにこんな内容になった

「助けて海生! みんなが体に……」

「大丈夫? 電話しようか?」

すると、

「僕は十六歳で死んだ。死にたくなかった」

「みんなかなしくてそらでないてる」

「しにたくなかったのに、だれのせい」

と次々と連打してきた。どうやら本当に憑りつかれたようだ。

「あなたは飛行機に乗った?」と聞くと

「そうだよ」

「少年飛行兵だった?」

と聞くと、

「そうだよ」「それがどうした」

「この人いっしょにないてくれた」

「きれいなこころ すき」

「連れて行く」

と変化していった。

どうしようもない悪寒と焦りとなぜか怒りがこみ上げた。特攻隊の英霊たちと違う意見の兵士なのか……と挿絵の原画を見つめた。

「ぼくのどがかわいた」「のみもの」「たべもの」「このひとくれた」「連れて行く」「天皇」「見たことなし」とひらがなの羅列が続くかと思えば、堅い言葉が出る。これは確かに複数の霊が憑りついている。

すると、この友人から電話がかかってきた。

「大丈夫か? その霊は変だ。前の挿絵師のところに連絡してみる!」

「うぐああああ、だ……いじょうぶ……ぐああああ」

と今まで聞いたこともないだみ声というか地下の声というか、いつもの友人の高い声ではなかった。明らかに低い男の声に変わってしまった。

これは本当に憑りつかれた状態だと悟った僕は、なんとかせねばと思い、深夜にもかかわらず例の挿絵師の先生に連絡した。

一連のメッセージをスクショし、戦闘機の絵を送った。既読がついたあと、先生がこう書いてよこした。

「この絵は描いた本人の気が描かせている。自分のとこにきた特攻隊の兄ちゃんたちは、たべものくれたとか、連れてくなんて絶対言う感じじゃなかった。軍人ですよ、相手は。多分全然違う霊が数体で虚言しているし、この描いた友人さんはどうも一銀さんに会いたがっているようだ」

「確かに、友人とは会う予定がありますが、これは茨城壱に来られた英霊の方々じゃない、ということですか?」

「はい。全く違うし、絵のタッチも違います」

それに自信をつけて、挿絵師が描いた魔よけの絵と茨城壱のゼロ戦と特攻員の絵を送った。そして強気で言った。

「○○(挿絵師の名前)に会ったか?」

「僕、会ったよ」

「会ってない。挿絵師のところに来た特攻隊の兄ちゃん達はこんな甘えた言葉は言わなかった」

「……」

「わかった でる」

そこからこちらのメッセージでの猛攻が始まった。

「出ろ、○○の絵はこれだ。本物はこれだ」

「うるさい」

「出ろ、その人から離れろ」

「みんな でよ」

「二度と来るな」

「でる」

かくして、友人は息を吹き返し、しばらく経ってからメッセージが来た。

「さっきはありがとう、体が軽くなった」

とあった。

「塩を盛り、二度と亡くなった人のことを同情しないように」

と答えた。

十六歳と言った霊のことが気になり、同い年くらいの霊感がある子にこのやり取りと絵を見せた。

「この人は確かに戦争で亡くなってる。多分、ゼロ戦や戦闘機にあこがれて絵を描いていたけど、空襲で亡くなった子じゃないかなあ。しかもたくさんの同じような子供が死んだ場所にいる」

こうして無念の中、敵機の空襲で亡くなった一般人もいれば、特攻基地でとことんまで空襲を受けなくなった少年兵たちもいたのは事実だ。

軍人教育を受けた者は、常に精神力が高く、平常心を維持できるような素質があったので、合理的な考え方ができた。

しかしその教育を中途半端に受けた者は、こうしてつらい思いで供養されずさまよっているのかもしれない。

生きているものが、死んだものの心を都合よく受け止めるのは

よくない、と感じた。戦争を美化するものではないが、戦闘機という武器が「かっこいい!」と思った僕への警鐘にも感じた。

だからこのぞっとする実話を載せることにした。

これがその時のやり取りのスクリーンショットである。

そして、この絵がその時に描いてきた、異様な速さと精度の戦闘機である。ゼロ戦かと思いきや尾翼やオイルタンクがない。

つまり、写真を見て描いた代物ではないということだ。

集まった霊が描かせたものだろう。

その後、友人はさらに戦闘機や空襲の絵を描くようになった。夜間戦闘機「月光」「満月」そして表書きを飾る特攻の絵は、このやり取りの次の日に送ってきたものだ。何度も言うが、友人は絵描きでも戦闘機マニアでもない。

集まる霊が描かせ、さらに絵の精度を上げたものなのだ。

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