庭のお稲荷さん(茨城県 県央) | コワイハナシ47

庭のお稲荷さん(茨城県 県央)

庭のお稲荷さん(茨城県)

前の住人がどういう人か、何が起きていたか、考えずに家を借りたことはないだろうか。

茨城県の県央に住んだ本田さんの話である。町は古くから商業も栄えて落ち着いた街並みに情緒がある。少し行くと農村部になり、人も優しくのどかな所だ。

彼女は横浜市の出身で、結婚して夫の仕事で県央にやってきた。妊娠八か月の時だった。

最初は言葉が慣れず、近所の集まりでも小さくしていてあまり目立たないようにしていた。茨城弁に慣れるまでは聞いているだけにしようと思っていたのだ。

そんな中でも、とても仲良く話しかけて来る人がいた。近所に住む布団屋さんだ。

当時は布団の綿の打ち直しなど、需要が高かった。婚礼布団もここで買い、子供が生まれたのでまた綿を打ち直ししてもらうという、皆が信頼するお店だった。

生まれた赤ちゃんは、かわいい女の子だった。真凛と名付けた。

ところがこの子を産んで以来、産後の肥立ちが悪くずっと寝たきりになってしまった。何をやっても眩暈がしたり頭痛がひどくて少しも立っていれない。病院に行っても原因不明で「そのうち治ります」程度にしか扱ってくれない。

血液にも内蔵にも子宮にも問題がないのだ。

ただ、本田さんは気になる事があった。

それは決まって午前一時半になると起きる現象だった。

ベッドでは真凛ちゃんと二人で寝ていた。

寝ている足元を行列で歩く人がいた。ただお経を読んで数珠をもって並んでいくのだ。

(お弔いの行列かしら……)

その時だけお線香のきつい香りが立ち込める。

「どこに行くの? 僕も行きたい!」

と男の子の声がする。三歳くらいだろうか。本田さんは保育士をしていたので、子供の声で大体の年齢がわかる。好奇心いっぱいの二歳児だから、この大人のお弔いの列についていこうとしてるんだな……と漠然と聞いている。

しかし眺めていても歩く人々の中にはその男の子はいない。声が混じりあうのだ。本田さんは夢かうつつかわからない状態でそれを見ていた。

「キーン」

という鐘の音がすると、そのまま眠りに落ちてしまう。

赤ちゃんを抱いているときにはそれが見えないと気づき、それからはいつも手に抱くように寝ていたそうだ。時にはしがみつくように。そうすると変なものも見ないですむ、というのだった。

それが日増しにはっきりと姿が見えるようになり、ますます体調は悪化していった。

その話を夫と横浜の両親に話した。

「家に何か憑いているんじゃないか?」

「地域に何か情報をもっている人がいるだろうから、いわくがないか聞いてみなさい」

心配した本田さんの親は言った。

本田さんの夫は知り合いの紹介で『拝み屋』さんを呼んだ。拝み屋とは霊能者であり、中にはお祓いまでできる人もいる。大半は霊視だけをする人である。

拝み屋さんが来るなり、眉間にしわをよせ、こう話した。

「ここは……あんたがた、引っ越す気はあるか? あるなら話すけども……」

「今のところ……でも何か問題あるなら引っ越します。何が視えるんですか?」

「この家は、貸家だよな?」

「はい。大家さんは近くに住んでますけど、別に何の問題もなかったと言ってます。家族四人が住んでいたと聞きますが、とても信心深くて良い人だったそうですよ」

「そうか……その人らが置いて行った『置き土産』がここに残ってんだなあ」

「置き土産? な、なんですかそれは」

拝み屋さんは外に出た。小さな庭があり、何か土を盛った場所を指さした。

「ここに子供の遺品を埋めてある。この家で死んだ赤ちゃんか幼児だろう」

夫は言葉を失った。

「警察に言った方がいいですか……?」

「掘り出して骨でも見つかればそうだろうけど、遺品じゃあな。これに霊がしがみついてるんだな。家族もいなくなってしまって心細いんだろう」

「それでうちの妻に……供養はした方がいいですか」

「この子は成仏してはいる。だが成仏させられていたんだな。この家にいた連中はお稲荷さんも信仰していたと思うが、その祠もこの庭にあり、家の中の神棚もあった。だけど引っ越しの時に全部形あるものを持って行ったんだな。お稲荷さんのご神体だけがこの家に憑りついているんだよ。その恨みもあるし、この子の霊を供養する人達はいなくなってしまったから、この家で一番弱い人間に憑りついたんだよ」

「というと……狐と子供の霊が……?」

「うむ。狐様はきちんと祀られねえと、家に邪気を生む。この家入るときから大きま狐様の影が出てたんだ。だけどもそういう祠もねえし、それ以外の成仏できねえ水子の霊も見えたんで、はっとしたんだ。おめえさんたちがもしきちんと祀っていけるんならこの家に住んでもいいだろうし、できねえんなら、すぐ引っ越さねえと……生まれたばかりの子がいるなら尚更だ。おっかさんが死んだりしたら、次にやられんのはお子さんだぞ」

夫は驚いて聞いた。

「それなら……すぐこの家を出ます。ただ、一か月はここに住まなきゃいけないんです。なんとかできませんか? それに、僕にはその災いは憑かないのはナゼですか?」

拝み屋は小さな声で言った。

「おめえさんは仕事で忙しくて、この家に寝るだけしかいないだろ? それだけだ。あと一か月か……とにかく祈祷師か神主さんは呼んで本格的にお祓いすることだぞ。これだけは守れな。この家自体が呪われてんだから、早く出ねえとずっと霊を背負うことになんだからな」

そう言うと拝み屋は帰っていった。夫はすぐに近くの神社に相談に行き、お祓いを頼んだ。その間、本田さんと子供は近くのホテルに泊めることにした。

祈祷師とこれから祈祷を始めるという時、本田さんの仲良しの布団屋の奥さんが来た。

「こんにちは、奥さんいらっしゃる? 何かお祓いでも始めるんですか?」

奥さんは祈祷師に頭を下げ、家の中のものものしい雰囲気をぐるっと見渡した。

「すみません、うちのは調子が悪いもので、別のところに寝泊まりさせてましてね」

奥さんは怪訝そうな顔をして、小声で話した。

「この家、出るでしょ……?」

「え? 知ってたんですか?」

奥さんはバツが悪そうにうつむいた。

「お子さんが亡くなられたんですよ。ここの家の前に住んでた家族の……」

「聞きました。その子の遺品も置いてあるそうで、それで……その子は病気で?」

「……と聞いてますけどね、ただ……」

奥さんはチラリと庭を見た。

「あそこに小さな木あるでしょ。あの子、あそこに一晩中吊るされてましたからね」

盛り土のそばにある細い木を奥さんが指さした。

「私たちが通報しようかって頃に肺炎で亡くなったと聞いてねえ。もうそれ以上はよその家のことだから口出しすることもできねえし……」

夫はそれを聞いて背筋から通り抜ける様な寒気が走った。

奥さんは更に声をひそめて言った。

「けど、その後も男の子の泣く声が聞こえるんですよ……もう亡くなってるのに。その後かなあ、庭に祠立てたり木にお札巻き付けたりしてたけど、結局引っ越しちゃいましたねえ」

夫が声を上げようとしたとき、奥さんの肩に小さな手が視えた。

しかしその手はすぐ引っ込んだ。その事は奥さんに言うのをやめた。

そして祈祷が始まった。

奥さんはそれは見たくないそうで、そそくさと出て行った。

(続く)

三十五 ガラスの墓場(茨城県 県央)

霊の通り道。その通り道の先に着いていった者は死ぬのだろうか。

祈祷が終わり、夫はようやく体がすっきりした感覚になった。

祈祷師が言うには、

「この家は尋常じゃない怨念がある。奥さんと子供はなるべくこの家に近づけないようにしなさい。もしくは親や親せき、だれか知り合いを呼びなさい。大人数でいて良い訳じゃないが、奥さんは特に弱っているから危険だ。お札も貼ってあるが、まず効かないだろう」

ということだった。夫もさっきの布団屋の奥さんからの話を告げた。

「……あの……この家には虐待で亡くなった男の子がいたそうで……」

祈祷師は深くうなづいて答えた。

「あの庭の木と盛り土のところだな。しめ縄をはっておいた。とにかく一日でも早くこの家から引っ越すように……ただ霊魂は一人だけじゃねえ気がするな。庭に出るのもよくねえ」

夫は言われた通り、別の家を借りることにした。

そうしてこの家から退去となる前日になって、本田さんと真凛ちゃんは帰宅することになった。横浜の実家に住んでいる間は体調もよくなり元気を取り戻していた。

夫もほっとして、両親が来るというのもやんわりお断りしていた。もしこの家に弱った人が来たらその人も憑りつかれてしまう。高齢の両親に来てもらうのは心配でもあった。

夫は本田さんにはこの庭での忌まわしい過去については話さなかった。

「庭にお稲荷さんの祠があって、前の家族がそれを持って行ってしまったから、狐様の怒りを買ったんだ。家中にお札を貼ったし、庭の木と盛り土にはしめ縄をしてあるから大丈夫。けど、たまたま霊の通り道だったみたいだよ。あまり気持ちはよくないから引っ越そう」

とだけ伝えていた。

引っ越しの準備も整い、夕ご飯を食べた後、本田さんはまた少し気分が悪くなった。

「まだこの家のお稲荷さんが怒っているのかな」

そう夫にいうと、ソファに横になり寝てしまった。

真凛ちゃんは夫が見てくれ、そのまま一休みすることにした。

そうして、うとうとしているときだった。

玄関をドンドンと激しく叩く音がした。

眠い目をこすりながら出て行くと、布団屋さんの奥さんが立っていた。

「奥さん、帰ってきてたんだねえ。色々大変だったでしょう」

「ああ奥さん……こんばんは……どうしました? こんな夜更けに……」

壁の時計を見ると、午前一時半。どう考えても遅い時間だった。

奥さんはいつもの屈託のない笑顔で言った。

「みんなで飲み会やっているのよ。奥さんか戻ってきたから呼ぼうってなってね」

そうして奥さんは家の中に入ってきた。ずかずかと。

「あの、家の中は……それに子供もいますので置いて飲みにはいけません」

本田さんは頑なに断った。

なのに庭の見えるリビングまで入りこんできた。奥さんは本田さんの手を握り言った。

「本当に楽しいところだから。ね? 行きましょうよ」

「いえいえ、ありがたいけど夫と子供がいますのでいけません」

「どうして? みんな寝てるし、今抜け出せばいいことじゃない」

「いけませんったらいけません」

掴まれた奥さんに手はものすごい力だった。本田さんの腕にあざができるくらい強く握りしめ、強い力で引っ張ろうとする。庭のあるガラス窓の方へ。

「何で? これだけ私がいいことろだって言ってんのに?」

ギロリと奥さんが睨んだ。今まで見たこともない形相で。

その時奥さんが行こう行こうと指さしていた庭を見た。

普段見慣れていた庭なのに、そこにあるのはお墓だった。

しかもガラス製のように透き通った墓石で、霊園のように墓地が広がっている。

(あれ? この庭の先ってお墓だったかしら?)

その瞬間また奥さんに強い力で引っ張られた。つまづきそうになった本田さんの身体を羽交い絞めにして、床をひきずり庭の墓地が見える窓の方へ引っ張っていく。

「ほらみんなが待ってる。行きましょう!」

「やめて! 行きたくない! そっちはお墓でしょ!?」

本田さんは夢中で叫んだ。

どう動いたかわからないが、引っ張る奥さんの手を蹴飛ばし、命からがら逃げるように四つん這いになって夫が寝ている寝室へ逃げた。

「待って~置いていかないで~」

奥さんも追いかけてきた。恐ろしくも、満面の笑顔のまま追いかけてくるのだ。

とにかく本田さんは寝室のドアを開け、中に滑り込み、閉めた。

「どうした? 何かあったの?」

夫と真凛ちゃんが起きていた。時間を見ると二十時半。さっきの午前一時半は見間違いか。

「今、布団屋の奥さんが来て追いかけてきてさ……庭に連れていこうとするの、それでその先にはガラス製のお墓がいっぱい。そんなのあったっけ? はあはあ」

夫は「もしかして……」と思い、寝室から一歩も出ないように三人で寝て朝を迎えた。

次の日、引っ越し業者が来て引っ越し作業を始めた。やっとこの家から離れられる、そう思った時だった。業者のアルバイトの男の子が言った。

「これ、玄関に落ちてましたよ。お子さんのですか?」

彼が手にしていたのは、一、二歳児くらいの子がはく大きさの青いシューズだった。

夫はそれを見るなりぎょっとした顔つきになり、

「庭にでも置いておいてください。絶対持っていきません!」

と強く言い放った。本田さんは不思議そうな顔で夫を見ていた。

「その靴、誰の?」

「今は知らなくていい!」

夫の剣幕に本田さんは驚いた。

本田さんは最後に、隣近所の人に挨拶に行った。すると

「ねえ、出て行かれる日にこんなこと言うのなんだけども……」

「はい、何ですか?」

「向かいの布団屋の奥さん、今朝亡くなってたって。心不全だったみてえで……」

本田さんはびっくりして声を上げた。

「えっ……私、昨日あの人が家にきたんです……夜に。でも夢だったのかも」

お隣さんは少し表情が曇った。

「見たの? 私も彼女があなたの家に入って行くのを見たんだあ……夢だけども」

亡くなった時間を聞くと、昨夜の二十一時くらいだったそうだ。奥さんの心臓が止まったのは、本田さんが寝室に逃げた頃……昨夜の奇怪な話をした。深刻な顔で彼女は言った。

「それ、連れて行こうとしたんだっぺ。お宅にはしょっちゅう来てたもんねえこの頃」

「この頃?」

「うん、昼間よく家に入っていくの見たよ。時々庭でも見たなあ」

本田さんは更に驚いて言った。

「あの私、ここには一か月近く住んでなかったんですけど……」

「ええ? あの奥さん、お宅の……ほらその庭の木の辺りでよく座ってたよ。てっきり奥さんがいるんだと思ってたんだけどなあ……ご主人に聞いてみて」

本田さんは一瞬、夫と布団屋の奥さんが浮気でもしていたのか、とよぎったがそれ以上は深追いする気が起きなかった。

それにしてもあの奥さんは、なぜ私を連れて行こうとしたんだろう……本田さんは理解できなかった。霊の通り道にたまたま自分が住んでいたんだろう、と解釈して終わった。

あのガラスの墓地はきっと死の世界で、着いていけば自分も死んだのだろう、と。

本田さんは隣の敷地から庭を眺めた。こっち側から見て驚いた。

盛り土された場所にしめ縄があったが、後ろ側はキレイに切断されていたのだ。

そしてさっきの小さな青い靴が、その上にぽつんと置いてあった。

まるで貸家の置き土産のように。

(完)

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