狂駆(青森県八戸市) | コワイハナシ47

狂駆(青森県八戸市)

元陸上自衛官の山内さんが、八戸駐屯地勤務時代に体験した話である。

空気すらもキンキンに凍てつく、真冬の夜のこと。

当時、警衛勤務の巡回コース内には「旧監視所」と呼ばれる建物があった。

その当時、既に使われておらず、廃墟寸前のコンクリート製の箱がぽつねんと、駐屯地の広大な敷地の片隅に建っていたという。

何故そんな建物も巡回していたかというと、中に仮眠所が設けられていたからである。

仮眠所と言っても、隊公式のものではない。「気の利いた」誰かが、ベッドとストーブを勝手に持ち込んでいたのである。

巡回に出掛けた隊員は、あらかじめ定められたポイントでタイムカードを打刻し、所定の巡回を果たしたことを証明する。タイムカードさえ押されていれば、そのポイントの間は「何をしていても」分からない。

その日は一段と寒かった。とてもじゃないが敷地の隅々まで巡回などしていられない。

山内さんも好意に甘え、巡回をサボる、もとい一部省略して休息を取ることにした。

とうに感覚のなくなった指で、石油ストーブのスイッチを入れる。

いつでも巡回に戻れるよう、半長靴を履いたままごろりとベッドに転がった。

張り詰めたままの神経が何かの気配を感じて、目が覚めた。

ほのかに漂う灯油の匂い。視界の隅にある窓は、白く曇っている。

バタバタバタバタ!床に叩きつけるような足音がする。

様子を窺おうとして気が付いた。身体が全く動かない。

ヒャハハハハハ……!ねじの一本取れたような笑い声がする。

この建物内には自分しかいないはずである。そもそも、警衛中に足音を立てたり、声を出したりするような非常識な者は自衛隊にはいない。

音の出所を必死に目で追う。あれだ。あいつに違いない。

真っ白い、ぼんやりと人の形をした影が、部屋の中を走っている。

ドタドタと足音を立てながら。ヘラヘラと大声で笑いながら。

仰向けに寝る山内さんの右側の枕元から現れたそれは、足元にあるストーブをぐるっと回りこんで折り返し、左側の枕元に至って消える。しばらくすると再び右側の枕元に現れ、部屋をぐるっと回って左側に消える。ひたすらそれを繰り返す。

山内さんの頭のすぐ先は壁である。つまり、壁をすり抜けて大きく円を描くようにしてぐるぐると走っているのである。

山内さんはただ、身動きの取れないままそれを眺めることしかできなかった。見知らぬ狂人と同室にいるのは心地よいものではない。ましてやそれが、人ならざるものであればなおさらである。怖いというよりも、気持ち悪いという感情のほうが勝っていたという。

やがてそれは、バタンと扉を開けると、そのまま走って部屋を出ていってしまった。

狂ったような笑い声が遠ざかると、金縛りも解けた。

起き上がって見てみれば、先ほど開けて出ていったはずの扉は閉まったままで、あれが走り回った痕跡はどこにも残っていなかった。

釈然としないまま巡回を終えた山内さんは、上官に見たモノを報告した。

「――ああ、お前も見たか。何だか訳が分からんよな。まぁここは旧軍時代から使われているから、何が出てもおかしくはないさ。ところで、あれを見たということはお前、警衛勤務中にサボって寝てたな?」

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