教習中(東北地方) | コワイハナシ47

教習中(東北地方)

深夜。駐屯地内をパトロール中の体験談である。

広大な駐屯地の片隅に建つ、古びた建物。事前に定められたコースに従って、この建物は内部も見廻りをせねばならなかった。

バララララ……。芝刈機よりも重く、トラックよりは軽い発動機の音が近付いてきた。

キッ、と微かなブレーキ音がする。ガタン。スタンドを立てた気配がした。

偵察用オートバイが帰ってきたのだと思った。偵察用オートバイというのは、戦闘部隊に先立ち敵情視察するために、野山を走り回るように作られたオフロードバイクである。

しかし、消灯時間はとうに過ぎている。

それ以前に、ここは駐屯地内の教習所なのだ。訓練生が、課業時間後にバイクを動かすことなどあり得ない。

いや、そもそも……。音だけして、前照灯の光が全く見えなかったではないか。

まっすぐ伸びた廊下の左手に、講義室が並んでいる。廊下と講義室の間の壁には大きなガラスが入っているから、バイクが外を走ればその光はここまで届くはずなのだ。

いったい、何が起きているのだろうか。講義室越しに外の様子を窺おうとして、思わず息を呑んだ。

誰か、いる。

前後左右に規則正しく並んだ机と椅子。その一つに、人が座っている。

月明かりも星明かりも射し込まない中、周囲よりもなお黒い壁は確かに人間の形をしている。額の部分には突き出した庇。頭全体を覆う丸い影。

ああ、これは一般隊員が被る鉄帽ではない。オートバイの乗員が着用する、バイク用のヘルメットなのだと気が付いた。

ヘルメットを被り、授業に傾注する学生が如く、じっと前を見つめて座っているのだ。

そのとき、ふと思い出した。ここ最近、先輩隊員が口にしている噂話のことである。

数週間前、偵察用オートバイの教習中の事故で、若手隊員が殉職した。

安全管理を何よりも重視する自衛隊に於いて、死亡事故などあってはならぬことだったのだが、どうやら教官の指導を無視した末の事故であったらしい。後世への教訓のため、半ば見せしめのため、事故で壊れたバイクを教習所の建物の裏に残したままにしてあるのだという。

以来、殉職隊員の霊が出るのだ、と。

トイレに入っていた教官が、窓から火の玉を見たという話もまことしやかに広められていた。ぐちゃぐちゃの鉄塊からふわりふわりと浮かび上がる青白い炎を。

まさか、そんなことがあるまいと思っていた。けれども。

今目の前にいるのは、誰だ。

本来であれば、不審者に対しては誰何せねばならない。しかし。

この影が、所属や氏名、階級を答えるであろうか。

答えられても、困るではないか。もし、殉職した隊員のそれであったなら。

影は、こんなだっただろうか。もしかして、こちらを向いているのではなかろうか。

――これ以上、ここにいてはいけない。

訓練で培った己の感覚に忠実に、その場のパトロールを途中で切り上げることにした。

規律と科学的合理性を重んじる組織だが、こんなこともあるのだ。そう話は結ばれた。

東北方面隊隷下の、某駐屯地での出来事だという。

その後の廃バイクの行方は、知る由もない。

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