一月二十三日(青森県) | コワイハナシ47

一月二十三日(青森県)

青森市に住む山内さんが、自衛官時代に体験した話である。

青森駐屯地でのこと。

夜半になって勢いを増した雪は、一段と大きな牡丹の花弁を降り積もらせていた。

しかしそんな日であっても、警衛勤務は容赦なくやってくる。

警衛勤務とは、駐屯地の営門、すなわちゲートに設置された哨所と呼ばれるボックスに詰めて、不審者が侵入しないように監視する仕事である。

とはいえ、基本的には何も起きないのだ。

外は氷点下だが哨所にはストーブが入っている。勤務の性質上、音楽を聴くことも本を読むことも許されない。ただ、じっとしているしかない。そういう仕事なのだ。

しかしそうしていると、時間の感覚が曖昧になり、一分間が無限に思えてきた。

幾たびも押し寄せる眠気の波に、船を漕ぎ始めた山内さんであったが。

外に唐突に人の気配を感じ、慌てて居住まいを正した。

暗闇に目を凝らすと、駐屯地から隊列が出発しようとしているようだ。

降りしきる雪の向こうに、もくもくと黒い影が連なっているのが見える。

一個中隊規模、ざっと二百人ぐらいと見積もった。

こんな時間から出発するとは、夜間演習でもあるのだろうか。

制服に身を包んだ隊列が哨所に差し掛かる。慌てて起立し、敬礼で出発を見送った。

しばらく経った頃、山内さんの元へ上官が巡察にやってきた。

異状の有無を報告せねばならないので先刻の隊列のことを告げると、それはおかしい、今夜は夜間演習などなく、従って駐屯地を発つ隊もいないと言う。

「それでお前、門扉は開けたのか」

そう訊かれて、はたと気付いた。門扉の開閉も哨所で行うことになっている。山内さんは門扉を開けていない。だとすれば、駐屯地からは出られない。

外へ出てみれば、あれだけの人数が通過したはずなのに足跡が全く付いていない。

綿を敷き詰めたように、ふわふわの新雪が一面を覆うばかりである。

「今日は何の日だか分かるか」

促されるように問われて、山内さんは思い出した。

一月二十三日。

旧陸軍歩兵第五連隊二百十名が、八甲田山へ向けて雪中行軍に出発した日である。

彼らに降りかかった厄難と結末については、青森県民には知らぬ人はいないし、隊内の教育でも取り上げられていた。

そういえば、演習ならば戦闘服を着ているはずである。しかし彼らは制服姿であった。

その制服は果たして自衛隊のものであったろうか、とおぼろげな記憶を辿っていると、上官はこんなことを訊いた。

「ところで、ちゃんと敬礼はしたんだろうな」

はい、しました、と答えると、ならば良し、と上官はそのまま去っていった。

現在の青森駐屯地は戦後の開設であるが、旧第五連隊が使った兵舎が移設され資料館として整備されており、その館内には雪中行軍兵士の遺品が多く保存・展示されている。

雪中行軍隊が今なお「帰営する」という話は幾つかあるようだが、出発するという話は珍しいように思うのでここに記しておく次第である。

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