ラブホテル(宮城県仙台市) | コワイハナシ47

ラブホテル(宮城県仙台市)

仙台市に住む篠井さんが、二十年近く前に体験した話である。

当時付き合っていた彼氏と、友人カップルとともに遊園地へ出掛けた帰路のこと。

時間も遅いので、どこかで泊まろうという話になった。

山形県境にほど近いそこから、仙台市内へ向けて車を流していると、おあつらえ向きのネオンが光っているのを見つけた。

車を連ねて入っていくと、モーテルタイプの部屋が丁度二戸空いている。

友人カップルは入り口すぐの部屋に、篠井さんたちはその二つ隣の部屋へ。

いそいそと入っていった先で、それは起こった。

ピリリリ。ピリリリ。まだ何もしていないうちから、篠井さんの携帯が鳴った。

出てみれば、先ほど扉の向こうに消えていった友人の愛ちゃんである。

酷く声が震えている。何かに怯えているようだが、どうにも要領を得ない。

「ともかくいったんこちらの部屋においでよ」

篠井さんがそう言うと、彼氏に抱きかかえられるようにしてやってきた。

どうしたことか、二人とも顔面蒼白である。額には脂汗が玉のように浮かんでいる。

部屋が怖くていられないという。あの部屋は何かがおかしい。そう繰り返した。

しかし篠井さんは、いつまでもこうしてはいられないと思った。

愛ちゃんは大事な友人である。しかし彼とのお泊まりも大事である。

「付いて行ってあげるからさ。もう一回、愛ちゃんの部屋に行ってみよう」

信じていないのが半分、怖いもの見たさが半分であったという。

篠井さんを先頭にして、四人で部屋に足を踏み入れる。

あらゆる電気が点きっぱなしになっていること、あらゆる扉が開けっ放しにされていること以外には、特段変わった様子は見られなかった。何だこんなものか、と思った。

ぶん。突然、テレビの電源が入った。大きな音量で、何か深夜番組を流している。

「何これ。おかしいんだけど」愛ちゃんが泣きそうな声で言った。

篠井さんは電源を落とそうとリモコンを手にしたが、どのボタンをどう押しても一向に反応しない。がさつな音が鼓膜をひっかき、心をささくれ立たせる。

いら立った篠井さんはとうとう、プラグを引き抜いた。

けれども。相変わらず、テレビは深夜番組を流したままである。このとき初めて、篠井さんはこの部屋は怖い部屋なんだ、と感じたという。

プルルルル、プルルルル。

唐突に鳴り出した部屋の固定電話に、篠井さんも愛ちゃんも飛び上がるほど驚いた。狙いすましたようなタイミングで、いったい何の用事なのかと思った。

「もしもし……」篠井さんが応じたが、返答がない。

ということは、用事があってフロントが掛けてきたのではあるまい。いったい、誰が。

背筋に冷たいものを感じながら、そっと受話器を置いた。

――うわああああっ。

今度は男の叫び声が部屋じゅうに響いた。篠井さんの彼氏の声だ。

駆けつけた篠井さんの目の前で、彼氏が浴槽を指さし震えている。

満たされた湯の中にゆらゆらと漂う、幾筋もの長い長い黒髪。

「蛇口からぬるって出てきたんだよ。蛇口から……」

彼氏が消え入りそうな声で言った。

絡みつ解けつ、くるくると浴槽の中を揺らぐ様を、ただ黙って見つめるしかなかった。

四人はベッドの脇に置かれたソファに腰かけた。誰も何も言わなかった。

テレビは相変わらず音声を撒き散らしていたが、もう何とも思わなかった。

恐怖に感情をえぐられ続けると、恐れる気力すらも湧かなくなるということを篠井さんたちはこのとき初めて知った。

ひとまず、水でも飲んで落ち着こう。コップをテーブルの上に置く。

その瞬間。四人の目の前でテーブルがゴゴゴと揺れて、コップの水がこぼれ出た。

その後のことは、正直余りよく覚えていない。

広げた荷物を手当たり次第にバッグに詰めて、震える足に鞭打つように車に飛び乗り、街の明かりを目指して真夜中の国道を全速力で走ったという。

「後日、人から教えられたのですが。かつてそのホテルでは、女性が浴槽で殺される事件がありました。現場となった一〇一号室というのは、どうもあの部屋だった気がしてなりません」

篠井さんは、当時を思い出しながらそう語った。

地元新聞記事にも事故物件サイトにも情報が掲載されているそのラブホテルは、今は取り壊されて建設会社の資材置き場になっている。

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