栃木県にある廃病院で、ビデオの撮影が行なわれた。
看護婦役のM子さんが、廊下を歩くシーンを収録している時のこと。
突き当たりのエレベーター前で、右に折れて歩いていくというカットだった。
「用意!はい!」という監督の声でM子さんは廊下を歩きだした。
その前方にお爺さんが歩いている。
禿はげた頭にパジャマ、白いカーディガンを着ている。
誰?エキストラ!?でも今まで目の前には誰もいなかった。
ところが監督からNGが出ない。M子さんは演技を続けて、エレベーターの前で声がかかった。
「はいカット」
先を行くお爺さんは、そのまま廊下を右に曲がっていなくなっていた。
「監督、今の誰ですか?」
M子さんはスタッフの所へ戻り、さっきのお爺さんの話をした。
カメラさん、照明さん、助監督さん、メイクさん、その場の人たちがみな〝えッ?〟と顔を見合わせた。
「そんなのいないよ」
「いえ、確かにいました」
「まあ、どうせ確認するから……」
巻き戻しをはじめた逆まわしの画面に、妙なものが廊下の右角から戻るように映り込んで来た。
止めて〝再生〟。
「はい」の声で廊下を歩きだしたM子さんの前に一瞬で白い煙柱のようなものが立った。
それがM子さんと同じ速度で移動して廊下を右へ曲がって見えなくなった。
「監督、お爺さんじゃないけれどこれです、きっと」
騒然となった。
しかし「でもこれ、この作品に関係ないから」の監督の一言で、その場で消去されてしまった。