Kさんが高校生の頃、和歌山県の友人の家に泊まりに行った時の話。
その家は敷地に蔵があるほどの大きな旧家だった。
その夜、友人は小学校六年生の時の体験を話してくれた。
蒸し暑い夜、いつものように窓や襖を開け放して寝ていた。
ところが急に寒気に襲われて、目が覚めた。
体中に寝汗をかいている。
何やろ?この寒気は……。
思わず開け放した襖の向こうを見た。
暗い中に白く小さなものが浮いている。
なんやろ?
顔だ。とても小さな顔だ。
目鼻がとても綺麗に整った女の子。真っ暗なのにはっきりとわかる。
赤い着物を着ていて、体がチカチカと光っている。
着物で気がついた。あれは人形や。
でも、なんでこんなところに?
男兄弟ばかりだから、女の子の人形などないはずだ。
その人形を見つめているうちに、目がじっと自分を見ているのに気がついた。
体中に鳥肌が立った。
枕を頭からかぶるようにして震えているうちに、いつの間にか朝になっていた。
「で、その人形はお前の家にあるんか?」
「まさか。うちは代々男系なんで、女の子はおらんからな。女の子の人形なんてあるはずない。生まれてこの方、いっぺんも見たことない」と友人は言う。
「裏に大きな蔵あるけど、あの中にあるんとちゃうか?」
「さあ、蔵には用事がないからあんまり入ったことない」
「入ってみようや」
翌朝、両親に鍵を借りてふたりで蔵の中に入ってみた。
漬物用の樽や杵に臼。季節ごとに使うものや年中行事で使いそうなものが山ほどしまってある。
こんなものかと諦めかけた時、二階に上がる階段が見当たらないことに気がついた。
探しているうちに、蔵の一番奥に埃ほこりだらけの箱や調度品に埋まっている階段を見つけた。
もうずいぶんと長く使われていないようだ。
周りの箱をどけて通り道を作り、階段に置かれた荷物もひとつひとつ下ろしながら、一段、また一段と上がっていった。
上がりきったすぐ目の前に、どっさり埃の積もった唐草模様の風ふ呂ろ敷しき包みがある。
その置かれ方はまるで二階に上がるな、と言っているようにも見える。
これや。Kさんはピンときた。
風呂敷を解ほどくと桐の箱が出てきた。
ひとつ息を吞んで、その蓋を外した。
うわあっ!
友人の声が響いた。
箱には、赤い振袖に紫の帯を締めた市松人形が入っていた。
その胸から裾にかけて金糸の桜花が織り込んである。それが薄暗い蔵の中の光を受けてチカチカと光っている。
昨夜聞いた話と重なった。
Kさんも怖くなって外に出ようとしたが、友人は腰を抜かしたかのように動かない。
「どないしたんや、わかったんやから早よ出よ」と肩を揺すると、
「おい、これ何やろ」と友人が箱の中を指した。
人形が載せてある飾り板。その板の薄埃の上にたくさんの人形の足跡がついている。
箱の中を歩きまわっていた!
ふたりは、転がり落ちるように蔵を出た。
友人の両親も祖父母も誰ひとりそんな人形があったことを知らず、大変不思議がった。
その人形は今、お寺に納められて供養されている。