初ドライブの思い出(青森県) | コワイハナシ47

初ドライブの思い出(青森県)

仙台市で暮らす主婦の中野さんは青森県出身なのだそうだ。

その中野さんが地元で暮らしていた、二十歳の頃の出来事である。

新車を買った。その年に登場したばかりのホンダ・フィットだった。

当然、どこかへドライブに行きたくなる。

男友達二人を誘って、岩手県沿岸部へと出掛けた。

そこへ立ち寄ったのは、ドライブの帰り道のことである。

それは、波打ち際に穿たれた天然の穴であった。

大きな波が打ち寄せると、その穴から間欠泉のように海水が噴き上がるらしい。

観光案内の看板を目にした友人が、「寄ってみようぜ」と提案したのだ。

駐車場に着いたのは、十六時頃。

晩秋ということもあって、辺りは既に薄暗くなっていた。

夏と違って観光客も少なく、土産物屋は店じまいを始めている。

まばらな人影が、吹きすさぶ風の中を行き来するばかりである。

しかし折角来たのだから、さっと見て帰ろう。

友人の提案で、ともあれ件の穴の見えるところまで行くことにした。

目指す場所へは、森の中の小道を歩かねばならない。

陽は西の山かげに向かって傾き、東に広がる海からは夜が満ちてくる。

満足に電灯もない道は、木の根や石ころで随分歩き難い。

時折、木々の向こうにぽつん、ぽつんと明かりが見えた。

たいまつなのだろうか、橙色の小さな炎がチロチロと揺れている。

ともあれ、自分たち以外にも誰かがいる、というのは心強かった。

しかし。行きついた先で中野さんたちを出迎えたのは、一面の暗闇であった。

要した時間は十五分ほど。その間に陽が完全に沈んでしまったのだ。

身を切るように冷たい風が轟々と吹きつける。

海も山も見えず、ただ波の打ち付ける音だけが穴の存在を予感させた。

――これじゃ仕方ない、もう帰ろう。

誰からともなくそう言った。

中野さんを前後から挟むようにして、三人は駐車場への帰途に就いた。

足元の悪い中を歩かねばならない彼らの、中野さんへの最大限の配慮であった。

脇から飛び出した枝葉に打たれる。

無遠慮に転がる石に躓く。

それでもどうにか、言葉を交わしつつ足を進めていく。

「ちょっと、急ごうか」

不意に、殿を務める後藤君が言った。

声色がやや強張っている。疲れてきたのだろうか。

「もう少し、急ごうか」

後藤君は繰り返した。

しかし、そう言われてもどうにかなるものでもない。

明かりも持たず、真っ暗な山道を行かねばならないのだ。

「いいから急いで、早く」

どうしたの、何があるの。でもそんなに急げないよ。

中野さんたちのそんな言葉を制して、後藤君が語気を強めた。

訳が分からない。

けれども、これは急いだほうが良い、そんな気がした。

風が轟っと吹いて、木々が震える。

山が鳥肌を立てるように、ざわめきが広がっていく。

息が上がる。足がもつれる。それでも歩みは止められない。

「走れ!車乗ってさっさと出せ!」

小道を抜けて駐車場へ飛び出すと同時に、後藤君が叫んだ。

叩きつけるように扉を閉める。

震える手を押さえながらキーを捻る。

アクセルペダルを蹴りつけて、寝起きのエンジンを噴き上がらせた。

「何か知らないけどさ。誰か付いてきてたんだよ」

国道に連なる照明灯が車内に射し込んできた頃、後藤君が口を開いた。

いったい誰がいたと言うのだろうか。

帰り道、あそこにいたのは私たち三人だけのはずである。

もしかして、霊的なものだというのか。しかし彼にそんな能力はなかったはずだ。

「そうだよ、ないよ。それなのに気配を感じたから、余計に怖かったんだ」

小さな声で、しかしはっきりと、後藤君は言った。

何はともあれ、三人とも無事であったのだ。

いったん落ち着いて、コーヒーでも飲もうではないか。

コンビニに降り立った中野さんたちは、今度こそ本当に血の気が引いた。

べたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべたべた。

黒いハッチバックに付けられた、薄茶けた無数の手形。

余り大きくはない掌に、ほっそりとした指。

女性のもののように見えた、と中野さんは語った。

車は、すぐに洗ったそうだ。

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