青森県弘前市内のとある踏切を車で通過すると、車体を叩かれるような音と揺れがあり、車体にたくさんの小さな手形が付く。
という談話を以前取材し、執筆したことがある。
この話は地元の話であることと内容がイメージしやすいことから、その後の取材でも
「こんな話がありまして」と雰囲気を作るのにとても役に立った。
「あっこだっきゃ、手形が付くなんてもんでねえべ」
ある日、いつものようにこの踏切の話を飲み屋で出会ったある中年男性に話したところ、こんな話が始まった。
「あそこの踏切の道よ、俺の車で夜にはっけだんずや夜に車で走ったんだよ」
飲み会帰り、とはいえ下戸ゆえに一滴も酒は入っていない。
辺りは暗かったが、さほど遅い時間ではなかったとのこと。
踏切が目の前に見え、一時停止のために車を減速させた。
と、突然車のボンネットに幾つかの小さな影が、人ではあり得ないほどの機敏さと跳躍力でどんどんと乗ってきた。
「猿だ!ってまず思ったんだばって、あったとごさ猿いるわげねえべ」
危険を感じ車を止めると、そこは丁度踏切の一時停止地点だった。
ボンネットの上の影はあくまで影で、目を凝らしても人型をしているにしても、何なのかは分からない。しゃがんでいるようなシルエットにも見えるし、立っているようにも見える。しかし、辺りはそこまで暗くない。
「あ。これは見てでもまいねな 見ていても解決しないな って思ってや」
影を乗せたまま、ゆっくりと車を発信させた。
丁度踏切を過ぎたところで、影はボンネットからささっと飛び降り、四方八方銘々どこかへ行ってしまった。
「作家さんは、そった話聞いたごとねえが?おらだけが?」
「いや、ちょっとあそこに関してそこまでの話は……」
「んだが、あっこ、人死んでるべ。あった所、何でもあるべな」
ちなみに手形は付いていなかったそうだ。